コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.569 )
- 日時: 2014/05/19 22:51
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)
第21章 明日は明日の風が——吹いたらいいなぁ
〜視点なし〜
適度に掃除をして、荷物をコンパクトにまとめる。
自分で分かりやすいように。分かるように。荷ほどきした時に、手早く片付くように。
さぁ、準備は整った。
この場から、去りましょうか。
***** ***** *****
「あらー、王良空華じゃんー? どうしたのー?」
「……お前は一体何をしているんだ?」
空華は眉をひそめた。
視線の先にいるのは、かつては天敵だった少年——夢折梨央である。2階の柵にぶら下がり、さかさまの状態でトマトジュースをすすっているという所業をしている。
こいつって馬鹿なのか。空華はそう思ったが、口には出さなかった。だって出したら終わりじゃん?
「銀ちゃんいる?」
「神威銀ー? 今日は見かけてないなー」
部屋じゃないのー? と梨央は何でもない口調で告げる。
部屋に突撃なんて、できたらどんなにいいことか。
何度でも言おう。空華は男だ。年頃の高校生である。好きな女の子の部屋に行くには、まあそれなりに勇気がいる訳で。いくら好きな女の子でも、部屋はプライベートな空間だ。そこに土足で踏み込んでみろ、変態街道まっしぐらだ。
ちょっと臆病になっている空華である。空華らしくないと言えばらしくないのだが、彼にとって神威銀は本気で好きになった女の子なのだ。
「でもー、最近なんか変だよねー?」
「……お前も気づいていたのか」
「当たり前でしょー? っとい」
ぶらぶらと揺れていた梨央だが、反動をつけて空中で1回転して、空華の目の前に着地を果たす。未来人さすが。
「こっちは狙撃手だよー? 人の行動パターンを観察して、ベストタイミングで撃たなきゃ殺せないのー」
「あーそうでしたねー」
「……超棒読み。失礼じゃないー?」
じゅううううう、とトマトジュースのパックを一気に吸い上げて、梨央は眉根を寄せた。ちょっと気に食わなかったようだ。
別に棒読みで言った訳じゃない……、と胸中で思ったが、口には出さなかった。ここで口に出して、口論になると面倒だ。喧嘩なら負けないが、口喧嘩は言い負かすことなんてできない。だって国語が弱いから。
「部屋行きなよー。知りたいならー」
「……それができたら苦労はしないっての……」
「あららー? 恋になると奥手になるってマジかー。女ったらしだったのが成長したねー?」
聞いたよー、とにやにやと梨央が笑う。
そんな彼のにやついた顔へ向かって苦無を1本投げつけて、空華は銀の部屋へ向かう覚悟を決めた。
少しだけ騒がしくなる心臓を押さえて、落ち着かせるように深呼吸をする。銀の部屋へ向かう足取りは、ちょっとだけ重い。
いいや、ここで迷うな。空華はブンブンと頭を振って迷いを消し飛ばし、銀の部屋を目指すのだった。
***** ***** *****
銀の部屋の前に立つ。
ネームプレートが掲げられた彼女の部屋。中に人の気配はない。銀がいる様子はない。
買い物だろうか、と思うが、念の為に空華はノックしてみる。
「銀ちゃーん?」
コンコン、と軽いノック音が廊下に響き渡った。だがしかし、彼女の部屋からは声がない。銀の可愛らしい声が、聞こえてこない。
出かけている、という可能性も考えられる。だが、もしかしたら。
久々に神威銀を付け狙う能力者が現れたか? 銀はさらわれた?
その可能性を考えたら、体温が一気に下がっていくような気がした。ドアノブを掴んで、銀の部屋を開ける。
「銀ちゃん!」
————空華は息を呑んだ。呑むしかできなかった。
何故なら、そこにはすでに何も残されていなかった。
女の子らしい家具も、ベッドも、洋服も、銀の制服も、鈴と会話する為に置かれていた姿見も、空華が買った大きなイルカのぬいぐるみでさえも。きれいさっぱりなくなっていた。
空華の『嫌な予感』が、的中してしまった。
「……お前らっっ!!!!」
空華は叫んだ。
黒影寮に響き渡るように、全てに聞こえるように、叫んだ。
「どうした、空華!?」
「な、何があったの?」
近くにいただろう寮長の翔と副寮長の昴が、空華の声を聞いて飛んでくる。そして銀の部屋の有様を見て、同じように息を呑んだ。
まさか、そんな。
「……いや、諦めるのは早いぞ」
「——だよなぁ」
逃げた姫君を探し出せ。
能力者の集団が、瞳を輝かせる。