コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.570 )
- 日時: 2014/06/02 23:11
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)
第21章 明日は明日の風が——吹いたらいいなぁ
〜視点なし〜
タン、と地面を蹴る。
冷たい風が頬を撫でた。短い黒髪が風に撫でられて、揺れる。
次のビルの屋上にたどり着き、再びコンクリートを蹴る。空を舞う。着地。その繰り返し。足音を立てずに駆けるその姿は、まるで忍者のようだ。
「……銀ちゃん、どこにいるの……」
空華はポツリと漏らす。
頭を占めるのは、あの銀髪の少女のこと。あの少女が離れて行ってしまうのではないか、という不安。
手放すのは嫌だ。いや、手に入れてないけれども。可能性がなくたって、目の前から遠くへ行ってしまうのは嫌だった。
自然と駆ける足に力がこもる。おかげでビシッ! と足元のコンクリートのひびが入った。気のせいにしておこう。あとで誰かが直してくれる。
すると、空華のジーンズのポケットが震えた。携帯に着信があったようだ。走りながら『通話ボタン』をタップすれば、聞こえてきたのはあの俺様寮長の声。
『空華、今どこだ』
「ビルをたどって上から銀ちゃんを探しているところ。全然見つからないよ」
何で黒影寮って人探し系の能力者がいないの、と空華は通話相手——翔に愚痴った。
正直言うと、そうである。
黒影寮には残念なことに、人を探すことに特化した能力者がいないのである。そういう能力者はごくまれだ。戦いにも使えないということで、マイナーなのである。
では翔は? と疑問に思うだろう。だが、不可能なのだ。
翔はあくまでその人が住んでいる住所を知るだけであり、現在地を知るには難しいのである。それに、銀は歩き回っているようなので現在地がころころ変わる為に把握ができないとか。
『こっちも総動員で探しているんだがな……! クソ、寮長である俺に相談なしに、一体どこへ行こうって言うんだ』
「昴も知らないって?」
『それどころか、他の連中全員知らないようだ。リネは見つからないし』
チッと電話越しに舌打ちをしてくる翔。
タン、と再びコンクリートを蹴って、今度は鉄塔のてっぺんで立ち止まる。ぐるりと辺りを見回してみるが、銀髪は見当たらない。
「————!」
その時だ。
見つけた。
揺れる銀色の髪。あの身長の高さ。駅に向かって歩くその少女。
——間違いなく神威銀だ。
「————いた」
『どこだ!?』
「白雪駅だ! 電車に乗ろうとしている!!」
『了解した、すぐにそっちへ向かわせる! 銀を止めておけ!』
ブツッと通話が切れるより先に、空華は鉄塔から飛び降りていた。
こんな高さから飛び降りるよりも、銀が目の前からいなくなってしまうのが怖い。
まだ、「好きだ」って言ってないのに。本気で「好きだ」って、銀に伝えていないのに。このままどこかへ行ってしまうのは、嫌だ。
突如として空から降ってきた空華に周りの人々は驚いたが、構っていられなかった。改札を通り抜けようとする少女の背中へ、彼女の名を叩きつける。
「——銀ちゃんッッッ!!!」
雑踏の中でも、空華の声は響き渡った。
ピタリと足を止めた銀は、緩やかに空華の方へ振り向く。そしてカクン、と首を傾げた。
「空華さん……?」
弾かれたように空華は動いていた。立ち止まった人たちをよけて、銀の前にたどり着いた。
不思議そうに己を見上げてくる漆黒の瞳に安心した。そして愛おしさがあふれてくる。
——だから自然と、銀の小さな体を抱きしめていた。
「ちょ!? ぅぇ!? 空華さん!?」
銀は焦って空華を引き離そうとするが、空華はそれ以上の力で銀を抱きしめる。まるで離さないと言わんばかりに。
どれだけ力を入れたら、彼女は壊れてしまうのだろうか。そんなことを考える余裕は、今の空華になかった。
「……行かないで」
細々と紡ぎ出された空華の声。
焦っていた銀が、「……え?」とつぶやく。
「……俺様のことは嫌いでいいから、どう思っていたっていいから。
お願いだから、目の前から消えないで。遠くに行こうとしないで……」
「えっと、空華さん……?」
今まで女の子と遊んでばかりだったが、人を本気で好きになった。好きになることなんてなかったのに。
それほど、銀は魅力的な女だったのだ。
「——銀ちゃんが好きなんだ」
消えてしまいそうなぐらいに小さな、空華の告白。
遠くで耳鳴りのように、雑踏が響いている。
長い長い沈黙のあと、銀は一言。
「えっと、私は黒影寮からいなくなりませんよ?」
————んん?