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Lv.20 記憶「雪月花は儚く嗤う」 ( No.373 )
日時: 2012/01/05 21:29
名前: とろわ ◆DEbEYLffgo (ID: t9FCfkbO)
参照: 魔王さんはログアウトしました。

——————時計の針は一を差し、街の灯りは消え、先ほどとは嘘のように静まり返った、そんな深夜(よる)。


紅眼の青年はバルコニーでふと、そよ風に弄ばれている自分のしなやかな銀髪を細目で見ていた。

「世界征服宣言、七大悪魔、連続誘拐事件——ディヴェルティメント、イスト、ウェスト、ミディ、ノーフ、人間界、魔界——エルフ耳、リヴァイタス————そして、勇者」
昨日と今日に嫌というほど叩きこまれた出来事を回想する青年は、どこか憂いを帯びているような表情だった。
「何なんだよ、訳わかんねえっつーんだよ。なんで俺がそんな面倒な事に巻き込まれなきゃなんねーんだよ! ——っぐッッ!!!」

青年——ギルベルトは、複雑に絡み合った感情を吐き捨てるかのように、バルコニーの手すりに拳を打ちつける。
——手すりはギルベルトの想像以上に強固なもので、彼の骨にずきずきと重く響いてきた。
少し皮膚が捲れ、血が滲みではじめている。

そんな自分の拳を、ギルベルトは『興味が無くなった玩具』を見つめるかのように無機質な表情で『観た』。


————嗚呼、無様だ。

心の中で呟いた筈の言葉の欠片は、無意識の内に口に漏れ出していた。




「珍しいな、お前が自己嫌悪なんて」
「————ッッ」

突然、聞きなれた声——とはいっても、昨日会ったばかりなのだが——が背後から聞こえ、ギルベルトは慌てて振り返る。
「全く、お前がどっか行ったから心配して探しちまったじゃねえか。……ほれ、そんな薄着じゃ風邪ひくぞ」
フォンシエはそう言うと、毛布をギルベルトにかけてやった。
「別に平気だっつーの。俺様の心配するよりも自分のアホ面矯正した方がいいんじゃねーの」
「一々余計な事ばっか言うなあ、お前はもう……」
フォンシエはやれやれとため息をついた。







「——そういや、さ」

暫く無言で景色を眺めていた二人であったが、フォンシエがその沈黙を破るかのように問いかけた。
「言い忘れてた事があるんだけどさ」
「んだよ」
ギルベルトはフォンシエから目を逸らしつつ、ぶっきらぼうに言う。


「なんか、ごめんな」

「…………は?」

目の前の男の言っている意味が分からず、目をぱちくりさせるギルベルト。
「ああ、すまん、唐突過ぎた」
フォンシエは頭を掻きながら照れくさそうに言うと、すぐに元の真面目な顔に戻った。

「いや、よくよく考えたらさ。お前って一昨日来たばっかなんだよな。——なのに、なんか突然旅して、面倒な目にあって、そうして訳のわかんねえ説明されて、すっげー迷惑だったろ?」
まあ、そんな風に思わない人間なんていないだろうけど、とフォンシエは苦笑した。
「まあ、だからさ。別に俺は無理して旅しろとは言わない。今、自分が置かれてる状況とかを整理して、なんとなく納得がいったらまたゆっくり考えればいい」
「…………」
「つーか、心配してるだろうな、お前の親御さん。突然お前がどっか消えちまったか「知らねえよ」
ギルベルトはか細く、しかし芯の通った声でそう吐き捨てる。
「知らねえよ、そんな事」
声量が小さいために聞き取り辛いが、微かに震えたような声で吐き捨てる。
「っおい、どういう事だよ、それ——」
フォンシエがそう言いかけた途端、ギルベルトがフォンシエの方を向いて嗤った。




「だって、知らねえんだよ。何にも。自分の事が。分からねえんだよ。きれいさっぱり。何も。なにも。なーんにも。……俺はどんな事をしてきたんだ? 俺はどうしてこんなところにいるんだ? 俺は何なんだ? ————俺は、俺は一体誰なんだよ?!」






その姿は、儚く、美しく、脆く、余りにも人間らしく——そうして、ひどく滑稽であった。







「俺様らしくなかったな。あんな馬鹿みてーな暴走」
ギルベルトはそう言うと苦笑した。
「……すまん、俺が何も知らなかったばっかりに」
「いーんだっつの。俺様が何も話して無かった訳だし。——まあ、下僕らしく察しろよksっつー感じだったけども」

————よかった、いつもの調子に戻ってくれたようだ。
心の隅でフォンシエがそう安堵すると、ギルベルトは深いため息をついた後に話し始めた。


「——俺様は完全に記憶を消してる訳じゃねえんだ。覚えているのは『ギルベルト・H・アイヒベルガー』っつー名前と、『突然目の前が真っ白になって、その後にこっちの世界に飛ばされた』の二つ。……まあ、趣味とか国籍とかは何となく覚えてんだけど」
「…………」


「……っておい、シラけんなよ! ここはお前が何か言うところだろうが!」
「————っておおう、すまんすまん。ってか、ここってギャグる場面じゃねえだろう!」
ギルベルトはそうツッコむと、フォンシエは慌てて言葉を発した。
「いいじゃねえか、これ一応それ系統の話だs「それを言ったらお終い! ストップストップ!」
「紳士というものは皮肉を嗜むもんだ」
「お前のどこが紳士だこのッッ! つーか、ギルベルト・H・アイヒベルガーって名前長いんだよ!」
「どこも関係無いだろks!!」



——と、二人のいつもの調子が戻った後、暫くくだらない会話を広げていると睡魔が現れたので、二人は眠りにつくことにしたのであった。