コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 狩人のすゝめ 前編 ( No.578 )
- 日時: 2012/09/23 20:50
- 名前: とろわ ◆DEbEYLffgo (ID: B2tgeA34)
- 参照: タイトル変更。内容も初期と大分変りました。
「ふあぁ……」
青年はあくびをして、ぼんやりとした脳味噌を動かす。
確か今日は狩りの日だったな、と思い出し、素早く立ち上がって着替え始めた。
——これは、ギルベルトと出会う一年前の、狩人フォンシエ・コンテスティの物語。
「ん……っ」
櫛で適当にとかし、邪魔にならないように一つに縛る。
蜂蜜色の髪は朝日に照らされきらきらと輝く。癖一つないその髪は、村の女性が羨むほど美しいものであった。
朝食はサラダと先日捕った鹿のベーコン、それに目玉焼きをのせたトーストというシンプルな朝食だった。
パンやら野菜やらは村の住民に「ほら、もってき。アンタには鹿や猪を捕ってきて配ってくれるし、なによりここにひょっこりあらわれたモンスターも退治してくれるしね」と言われて大量に貰っているからその辺は困らない。
フォンシエは無心で朝食を食べ終え、お気に入りの深緑のコートを羽織る。
そうして、長年愛用してきた相棒、ロングボウ『マドレ』を手に取る。
————今日も見守っててくれよ、母さん。
今は亡き母の形見を大切にしまった後、ドアノブを握り、外へ出た。
◆
「さぁーて、どこにいるかなっ」
フォンシエの声は弾んでいた。まるで幼子のように目を輝かせつつ、息を殺して獲物を探す。
彼は自分の仕事が好きだった。狩りは己との戦いでもある。この興奮も、獲物を見つけた時に弓を引く緊張感も、捕らえた時の充実感も全てひっくるめて楽しい。
別に他にやりたいことが無い訳ではないが、ここまで熱中することは無かった。——少なくとも、あの青年と出会う前は。
異性に対してもそうだ。今までそんな経験は無かったし、そこまで関心があるわけでもない。
欲求が無い訳でもないが、しようとは思わない。村の人間は家族のようなもので、そういう気にはとてもじゃないが思わない。
————俺渇いてんのかなぁ。
そんな自分がしょうもなく思えて、フォンシエはやれやれと心の奥で呟いた。
「————ッッ!!」
フォンシエはすぐさま弓を構え、物音がした方を向く。
エルフ耳のお陰で五感が優れている彼は、たとえどんな小さな音でも聞き逃さない。
どうやら相手は彼に気づいていないようだ。フォンシエは全身の力を弓にこめ、弓を引いていく。
風向き、距離、相手の動き、そうして自分の鼓動。全ての条件が揃わなければいけない。
ふと風が止む。今が絶好のチャンス。これを逃す訳にはいかない。
————今だっ!
フォンシエはぱっと矢を放ち、それが真っ直ぐ標的へととんでいく。
当たった場所は首。鹿は悲鳴を上げ、ばたりと倒れた。
◆
「今日も大量だったなぁー」
フォンシエは汗を拭って呟く。
結局、あの後夢中になって狩りだけでなく近辺のモンスターも少し退治していたらすっかり日が暮れてしまった。
別に悪いことじゃないんだけども、さらっと切り上げることができないのは悪い癖だなと自分でも思っている。——少なくとも、狩りの面では。
体中が汗でべっとりしてしまったので、近くの川で水浴びでもしようかと思いながら家に戻ると、玄関に久しく見かけていなかった、隣国で暮らしている知り合いが立っているのに気づいた。
「う〜〜む、戻って来てないみたいだし……不法侵入でもしようかな」
彼女のつぶやきにおいおいと思いながらも、フォンシエは彼女に近づいた。
「不法侵入は犯罪だぜ」「ひゃああああ! ——って、フォンシエじゃない。久々ね」
太陽光できらきらと輝くルビーのネックレスの持ち主の少女——アルフェナ・クロックワーカーはにこりと笑って言った。
「驚いたよ。まさか戻ってきてたなんてね」
フォンシエはドアを開け、アルフェナを中へいれた。
「——ま、ご存知の通り、あれからウェストで医者目指して勉強してんのよねぇー。イストでもよかったんだけどさ、あっちの方が単純な治癒術だけじゃなくて技術も学べるしね。……ちなみに、あたしって何げに優秀だったりするのよね」
そう自慢げに語るアルフェナ。アルフェナはイストのお隣、西国ウェストにある『医療魔法科学技術師養成所』と呼ばれる、医学の名門所に通っている。文字通り、魔術と技術の両面で治療できる医者を産み出す場所で、才能があればどんな身分の人間・年齢・国籍でも入れるという特殊な形式をとっている。そのため、『養成所』という名称を使っている。
そこは三年間通うと最終試験があり、それに合格すると晴れて医者として活動できる。アルフェナは今年で三年目。試験合格を目指して必死に勉強——はしておらず、成績優秀だから問題ないそうだ(本人曰く「すっと頭にはいる」)。
「アルフェナは手先が器用だし、元々治癒術の才能もあるからな。首席で卒業もいけるかもしれないな」
「うひひ、そりゃもうそのつもりよ。てかそれ以外あり得る訳ないでしょ。——てーいっ」
正面に座っていたフォンシエの頭を軽くチョップする。地味に痛み、また突然の出来事だった為に「ふぎゃっ」という声をあげて頭を押さえた。
その動作がおかしくて、アルフェナはくすくすと幸せそうに笑った。
「あー、久々だなぁ、この感じ。——向こうは反イストのお国だから、差別もあってあたしに親しく接してくれる人間が少ないからさ。ま、一人でもいいんだけど、やっぱりからかえる人がいないのは寂しいわ。……ほんと落ち着く」
フォンシエが淹れた紅茶をちょびちょびすすりながら、アルフェナは嬉しそうな表情をした。
「全く、いつも俺を玩具にしやがって……。でも、最近こんな事なかったからな。やっぱりある方が楽しいよな」
「うん。——懐かしいねえ、ちっちゃい頃が」
ふとアルフェナの脳内に、ひとつの思い出が鮮やかに浮かび上がる。
「……そういや、『あの事』からあたし達は仲良くなって、そしてあんたの性格が明るくなってったのよね」
「あー、あれか。懐かしいな。あの時の俺は思い返すだけで恥ずかしいな」
「ま、でも結果的にこうなったからいーじゃん」
「そう……なのかな。まあそういう事にしておくけど。確かお前がウェストに行く二年前ぐらいの時だっけ」
「そうだった気がする。……確か、村がモンスターに襲われた時からよね」
「そうだな。——あれのお陰で、俺の人生はすっかり変わった気がする」
フォンシエはふと窓の向こうを見つめた。
————五年前の自分を思い返し、苦笑いしながら。