コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Lv.35 僕等「選ばれた人間」 ( No.597 )
- 日時: 2012/11/18 09:00
- 名前: とろわ ◆DEbEYLffgo (ID: hts56g28)
- 参照: トロイ「今回は世界観について触れた回になってるよー」
ハンプティはふと時計(どうやらこの世界に時計は珍しいらしく、一部の金持ちぐらいしか所持していないという)に目をやる。
時計の針はもうすぐ七時を指す。(少なくとも外見は)お子さまなハンプティはあまり夜遅くに行動しない方がいいと判断し、いそいそと帰りの支度を始めた。
無機質に時を刻む針の音が、一気に耳に響く感覚に襲われ、ギルベルトはもぼおっとただその音を聞いていた。
————あー、なんつーかなぁ。
なんだか懐かしいような、なんとも言えないような感じになった。
だから、ギルベルトは気付かなかった。ハンプティが窓の外を見ながら呟いた言葉に。
「今宵は満月、か」
目を細めて、寂しそうに呟いた台詞に。
「そういえば、ひとつ質問があるんだが」
「あら、なーに?」
ミレイユの代わりに紅茶を淹れるローズ(ミレイユは頑なに拒否したが、「もうメイドじゃないでしょ」と言われて渋々引き下がった)が、がした方向に顔を向けると、フォンシエが柔らかく微笑んだ。
「その、『選ばれた人間』について教えて貰いたいんだ。それってどういうのが基準で『選ばれた人間』になるんだ?」
「すっかりその説明を忘れていたわね。……はい、ミレイユちゃん」
「あ、ありがとう、ございます……」
ミレイユは主人が淹れた紅茶をしばらくじっと見つめていた。
やがて、飲む決心がついたのか、ぐびっと一気に飲み干す。そうして、美味しいと小声で呟いた。
「ああ、俺様も気になってたんだよな。——まあ、俺様的にはミレイユが言ってた『勇者』の方が気になるんだが」
無意識ににやにやといった表現が似合う表情になったギルベルトがそう訊ねると、ローズは「じゃあそれについても知っている限りで説明するわね」と言ってこほんと咳払いをした。
「まず、『選ばれた人間』というのは、文字通り世界に選ばれた——どうしてその人が選ばれたのかはわかっていないけれど、七大悪魔の城に入れる資格を持った人の事、だそうですわ。あ、七大悪魔は分かるかしら。リティアちゃん達が七大悪魔よ」
「じゃあ、城に入れた俺達は『選ばれた人間』なんだな」
「なんか特別感? みてーなのがあっていいな。超VIP待遇じゃねえか。で、それって何人ぐらいいんだ?」
「確か……。十人ぐらいしかいない、とかなんとか」
その言葉に、フォンシエは目を丸くした。
「! そんな低確率のものなのに、ただの狩人が選ばれていいんだろうか、って感じはするな。もっと強い人間ならいるだろう?」
「フォンシエくんも十分強いと思うけど……。まあ、確かにそうかもしれないわね。イスト王国騎士団団長の『アンジェラ』も選ばれてないっていうから。強さだけが基準じゃないのかもしれないわね」
「騎士団ってまた随分とRPGっぽいな。……やっぱつえーのか?」
「ええ、とっても。【イスト最強】とか言われてるぐらいだし、人望も厚いわ」
「最強か……。闘ってみてーな」
「いや、多分敵わないと思うぞ? ……しかし、ますます謎は深まるばかりだな。そんな人が選ばれず、俺が選ばれた理由が」
「そこまで気にしなくてもいいと思いますよ、フォンシエ殿。フォンシエ殿は私達を引っ張ってくださったじゃありませんか」
「そ、そうかなぁ」
照れ臭そうに笑うフォンシエをぎろりと睨み付けるギルベルト。目は「俺様よりもリーダーぶるんじゃねえよks!」と語っていた。実に分かりやすい程。
「まあ、一旦その話は置いておこう。……で、なんなんだ? 勇者って奴はよぉ」
「うふふ。なんだか男の子って感じがするわね。じゃあ、早速そのお話をしましょうか」
今度は逆にフォンシエが、「一昨日の夜のアレは一体何だったんだ」と言わんばかりの表情でギルベルトを見た(物凄い呆れ顔で)。
「勇者は、世界が危機に陥った時に与えられる称号みたいなものよ。勇者中心に解決への道が開けていくの。言わば『物語の主人公』っていうポジションになる人の事ね」
「物語の……主人公……?」
ギルベルトは心から驚いた表情で、『物語の主人公』というフレーズを繰り返し呟く。
フォンシエは、その様子を意外そうに見ていた。
————こいつなら、「そんなの当然だぜ」みたいな事を言うと思っていたんだがな。
すると、ギルベルトはフォンシエの方に目を遣ると、どこか透き通ったような——普段の行動からは想像もできないような酷く綺麗な、そうして脆く儚げな笑みを浮かべた。
「…………?」
その表情からは、彼の感情が一切読めなかった。
「……い、おーい」「うおっとっ」
意識がどこか遠くにいきかけていたフォンシエ。ギルベルトが手をぶんぶんと手を振っているのに気付いたのは随分と後になってしまった。
「どうしたんだよ。なんかお前悲しいことに明後日の方向を……「いや、全然全くもってそんなことはありませんから、」
てかお前の所為だろ、と言いかけたところで、フォンシエは慌てて口を押えた。
————またあんな風になったらたまったもんじゃない。自分から地雷を踏まないように気をつけなきゃだな。
寂しい顔をみるのはごめんだ、と心の奥底で呟く。
「……なんだよお前、さっきから挙動不審すぎるぞ」
「わりいわりい。——で、どうしたんだ?」
「いや、折角だから昔話をしてあげようかと思ってね。まあ、その書物が少なくて、大まかな事しか話せないんだけど」
ローズが控えめに笑う。恐らく、会話の流れからして『勇者』の話なのだろう。正直少し控えたい気持ちもあったが、今後の参考にもなるだろう。フォンシエも話を聞くことにした。
「ああ、よろしく頼む」
「昔、まあ、およそ一千年前の事なんだけれど。異世界から魔王がこの世界を侵略しようと現れました。魔王を倒す為に『勇者』とその仲間たちが世界に選ばれ、冒険を進めていきました。……あ、ちなみに、今回はこの世界にある魔界の魔王が征服しようとしているのよ。で、無事倒せたらしいんだけど、具体的な事が記されている書物がないのよね」
「それって世界中探してもってことか?」
「そうなのよ。凄いわよね、それも」
「でも、そんな大きな出来事があったというのに、何もないなんて違和感があるよな」
フォンシエの指摘に、うんうんと頷くローズ。
「その話自体がガセネタという説もあるけど、それよりも何者かによって破棄された、という説の方が有力よ」
「そりゃなんでだ?」
「かの昔、精霊の力を使った魔術『精霊術』で栄えていた北の国『ノーフ』が、その時以降鎖国状態になってしまったのよ。……って、精霊って分かる?」
「あー、鍛冶屋で四精霊? の話は聞いたな。それ以外は分からんが……。って、ちとタンマ。用語が多すぎて訳わからん事になってる」
ギルベルトの言葉に苦笑いするフォンシエ。
————まあ、いきなりそんな説明されても困るよな、俺も初めて聞いた話ばかりだし。まず、千年前の世界征服の話自体俺も初めて知ったし。
「んー、精霊ってことはあれか、人間界、魔界の他に精霊界ってのがあるんだな? 恐らく」
「ええ。……まあ、精霊の存在を確かめる術も無いし、書物も七大悪魔と比べたら極端に少ないし、そもそも精霊とは魔術のスタイルの一つである……とか言われているぐらいだから、いるのかどうかは怪しいんだけれど」
「とにかく、四精霊っつーのは精霊だと割とメジャーな存在なのな」
「ええ、その通りですわ。……で、まあこれは仮説なんだけど、『精霊が世界征服の際に致命傷を負って力が弱まっているから、それを守る為に鎖国をしている』と言われているわ」
「ほー……。まあとりあえず大変だったんだなって事はわかった」
「まあ、その程度の理解があれば十分だと思うわ」
ローズはそう言うと、二人に優しく微笑みかけた。
「さて、そろそろ夕食の支度ができた筈。一体食事をとりましょうか」
◆
「……へえ、頭いてぇ」
ベッドにどっしりと腰掛け、そう呟くギルベルトに苦笑しながら、フォンシエは紅茶を飲んでいた。
明日はギルベルトやミレイユと共に旅路に必要な物を揃える為にシアオンの繁華街に行くことになるだろう。きっと明日も賑やかで楽しい筈だ。そう考えると自然と笑みがこぼれ出る。
きっと武闘大会も凄いものになるであろう。なんせイストや他の国の強者が、己の強さを証明するためにクラウンへと集まる。きっとギルベルトはノリノリでやるんだろうな、とフォンシエは思った。
「ほんと、不思議だ」
フォンシエは誰にも聞こえないぐらいの微かな音量で呟く。
ギルベルトと出会って、自分の人生が一気に変わってしまった。ただの狩人が、『選ばれた人間』になってしまったのだから。
それでも、不思議なことに、今の方が楽しいと思える。
それは全部、あの異世界人のお陰であろう。人生こんなに楽しいとは思わなかった。……大変なことの方が多かったから。
そんな、運命の悪戯に感謝しつつ、フォンシエは紅茶をすすった。