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0-2「微かな異変」 ( No.628 )
日時: 2013/02/22 18:44
名前: とろわ ◆DEbEYLffgo (ID: Ytr7tgpe)
参照: 2/22修正

雲ひとつない快晴であった。
鳥は群れをなして、歌いながら飛び去る。人々は「洗濯物が乾きやすい天気ね」なんて言って、笑いながら平穏に暮らしていた。


しかし——この村、北の国ノーフの片隅にある秘境『双竜の里』の長、カスカは眉をひそめてじっと空を見つめていた。
「……今、何かを感じた。墨を思いきりぶちまけたような、そんなドス黒いなにかを」
不安と疑念がいりまじった声で、カスカはそう呟く。太陽はただ、彼女をじっと照らしていた。


カスカは、双竜の里の長である——しかし、見た目は十代半ばの少女そのものであった。
銀の滑らかな髪をひとつに縛っており、瞳は空の青をそのまま映し出したような色をしている。しかも、狩衣を可愛らしくアレンジした衣装を身に纏っているため、一見、というか、どうみても年頃の女の子にしか見えない。そんな姿であった。

だが、彼女は見た目からは想像出来ない程長く年を重ねている。何世紀も跨いで、この里を守っているのだ。
理由は話せば長くなるが——それはまた、別の話。


「なあ……ハクレン。お主もそう感じるだろう? この世界に何かが訪れたということを」
そう、彼女はハクレンという人物に話しかける。
しかし、彼女の傍にいるのは——人ではない。昔話に出てくるような、純白の龍であった。

カスカは、世界一ともいえる程の実力を持つ召喚士である。
彼女はほとんどの獣や魔物を召喚できる。龍などの神聖な生き物は、彼女にしか召喚することが出来ないという。
そんな彼女の教えを請おうと、多くの召喚士志望がこの里を訪れる。しかし、里は地図に示されていないような、深く遠い場所にあるので、大半は遭難などの理由で、断念したり、途中で息絶えてしまう者も少なくないと言われている。


『——ええ、わたしもそう感じるわ。悪の塊が胸に直接流れこんでくるような、気味の悪い感覚を』
ハクレンはまるで竜笛のような美しい声でそう話す。カスカはそれを聞いて、より複雑そうな表情になった。
「やはりか……。嫌な予感ばかり当たる。このところずっと平穏が続いていたのにのう。——だが、そろそろだとは思っていたわい。平和ほど、長続きしないものはないからの」
カスカは忌々しげに呟く。彼女は、一度このような経験をしたことがあった。それによって、多くのものを失ってきたのだ。

『……でもね、カスカ。わたしはもうひとつ、何かを感じるのよ。希望の光を、世界からの祝福を』

ハクレンは微笑む。カスカの表情は、段々とやわらいでいった。
「ああ——わしもじゃよ。光と闇、その両方が訪れたような、そんな気がした。……きっと、【星の子】がこの世界に降ってきたのじゃろう。この世界の救世主が」
『きっとそうですわ。でも、わたしたちも行動しないと。——人間界の中でも争いが起きている今。まずはそれを抑えて、この世界を守る為に動きましょう』
その言葉に、カスカは頷く。
「ああ。——では、里の者にそれを伝えねばな。そうして、ノーフの女王の元にでも行くとしようか」
カスカはそう言うと、胸に手を当てて、ゆっくり深呼吸した。




「————ロンド。どうか、わしを見守っておくれ」


その言葉は、風にかきけされてゆっくりと消えていった。