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Re: 携帯電話で闘えてしまう世界    本部開始 ( No.33 )
日時: 2012/01/07 13:18
名前: 北野(仮名) ◆nadZQ.XKhM (ID: Jagfnb7H)

二章三話


「どうした? 急に顔色が悪くなったな」
「うるせぇよ……んで、てめぇらなんでこんな所にいやがんだ?」
「答える必要性は無いな」

 いきなり現れて、イプシロンに小島と呼ばれた彼は挨拶代わりの言葉を投げ掛ける。挑発か、心配か、余裕からか彼の台詞には情けをかけているような雰囲気があった。それでもイプシロンは特に怒るなどの反応は示さなかった。
 示すことができないと言った方が正しいだろうか。小島の実力を既に見ているイプシロンには、一々皮肉や挑発に乗っている心のゆとりは無かった。冷や汗を垂れ流しにしてそこに立ちすくんでいる。鈍感な第一班には感じられないが、銃口を眉間に突き付けられたかのような殺気が放たれている。のしかかる巨大な緊張感、それはイプシロンの行動をことごとく邪魔している。

「少しは何かしたらどうだ?」
「させる気ねぇくせによく言うぜ。ネタは割れてんだ、隠す必要無いぜ、そのcallingskillは」

 今度の場合は完全に挑発のために小島は問い掛ける。怖気付いたとでも言わんばかりのその言葉に苛ついたイプシロンは眉間に皺を寄せた。原因はお前が使うcallingの能力だと告げながら、殺気を込めた視線で小島を突き刺す。だがその程度の重圧はプレッシャーにならないようで、彼は顔色一つ変えなかった。
 太刀を掴んでいる長身の青年は、柄を握り締める力を強くした。物事が上手くいかない苛立ちと、敗北に向かいそうな現状への屈辱と、そうならないために何とかしようとする焦燥感。焦りは肩にかかる重荷をさらに大きくする。刀を振り上げるその僅かな動作もとてもたどたどしい。

「くそがぁっ……tension and responsibility[テンションアンドリスポンシビリティ=緊張と責任]かよ、鬱陶しいんだよ相変わらずなぁっ!!」
「上手くいかないからと言って、負け惜しみは吐くなよ」

 そう言われたイプシロンは負け惜しみなどではないと、激昂した表情を取り、血相を変えて目を見開いた。お前なんかに見下されるほど落ちぶれてはいないと猛り狂っている。やっとの思いで刃を振りかぶっても、重みに負けてまた地面に這わせてしまう。
 そんな堂々巡りを繰り返すのを見て、そっと小島はほくそ笑んだ。確かにそっとなのだが、見せ付けるようにしてやったため、良いようにイプシロンは我を忘れた。

「調子ィ乗んなっつってんだろうがぁっ!!!! あぁあん!? てめえは殺す、今すぐ潰す。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る、ぶった斬る!!」

 硬直して中々動かない身体に鞭打って反撃しようとする。
 だが、そろそろ奏白たちは感じていた。なぜ先ほどまで攻撃的だったこのイプシロンが動けないのかといった疑問だ。まだ小島のcallingskillを聞かされていない彼らにとってはその疑問は当然だった。
 tension and responsibility、それは人の心に干渉する力。働き掛ける相手の心の中の責任感と呼ばれる感情を思い起こさせる。普通そんな事に責任を持つ必要の無いものでも、それは植え付けられる。足を一歩踏み出すことはさておき、まず最初に小島は『人を斬ること』に対する責任感を生み出した。大き過ぎる責任感は、鎖となってその人の行動を阻止するように縛り付ける。それこそが、プレッシャーというものだ。要するに小島のcallingskillの主な効果は、対象の相手の行動を止める、もしくは鈍らせることだ。
 さっきのものは少し複雑だったが、イプシロンは打って変わって単純明快で、無生物の長さの『伸縮』という現象を起こしている。元々小さなサバイバルナイフを伸ばして大太刀にしたり、柄部分だけを伸ばして先ほどのように遠くの我が武器を回収したりだ。

「良い気になるなよ、もうすぐこんなもん打ち破ってやっからよぉ!!」
「別に構わない。もう、チェックメイトだからな」
「ん……だ…………とぉっ!!!!」

 その瞬間、いきなり小島はイプシロンの硬直を解いた。急にそれが解かれた彼は勢い余って、太刀を振り上げる際にそのまま上空に投げ捨てようとしてしまった。だがそこはやはり実力者、本当に投げ捨てるなどという真似はしなかった。
 そんな事よりも、彼は考える。なぜこのタイミングになっていきなり解除するのか分からなかった。まるで小島は時間稼ぎに過ぎないと宣告されているようにも見える。かと言って第一班の連中は、驚きのあまり何をすることもできていない。

「どーでもいいなぁ!! さっきのプレッシャーを解いたのは、間違いだとその身に刻んでやるさぁ!!」
「本当に子供なんだな。むしゃくしゃしたら何でも壊す」
「るせぇ!! 勝ちゃ良いんだよ!」
「……時間だ」

 目を閉じて、踵を返して彼は歩みだした。さっきからずっと茫然としている第一班の所へ。その余裕しゃくしゃくといった態度はやはりイプシロンを刺激したようだ。ふざけるな、五文字の言葉が延々と彼の脳裏をぐるぐると渦巻いている。ドロドロした、赤く燃え上がるマグマのような感情。ただの怒りをも超えた耐え難い憤怒。何度も言っている通り、一人の男に舐められるほど彼は弱くないと自負している。

「段階弐ィっ……!」

 当然のように我を忘れたイプシロンは暴走する。先ほど凄まじいまでの力を見せた段階弐と呼ばれるものを再び発動させる。果たしてそれがどのようなEffect[エフェクト=効果]を及ぼすかは、警察側はほとんど知らなかった。こんな不味い状況で何を余裕そうにしているのだと、奏白たちは彼の安否を危惧する。
 見せ付けるようにゆっくりと腕を引く。余裕や笑みなどは一切見受けられず、イプシロンの顔にはいくら煮えても煮え切らない強い怒りが見える。持ち上げた足を上げたその時に、そろそろ本当に問題だと感じた奏白が叫んだ。

「馬鹿野郎! 後ろ見やがれ!」
「そう心配するな。時間だと言ったはずだ」

 全霊の力でイプシロンは地面を砕き散らす勢いで踏みつけた。砕けたアスファルトが宙を舞ったかと思うと、粉砕される鈍い音が轟いた。イプシロンの姿が認知不可能になるほどの超高速にまで加速する。
 刹那、まるで鋭利な刀で豆腐を両断するような小気味よい、スラッとした効果音がした。それも、ド素人や主婦が包丁で一刀両断するようなものでなく、居合いの達人が日本刀で斬るような、匠のような音。
 気付いた時には、イプシロンの持っていた長い太刀は何欠片にもバラバラにされていた。金属製の刄がこうも容易く刻まれる姿に、皆は目を丸くした。誰がこんな事をできると言うのか、半分猟奇的な思いも入り交じり、眺めていた。しかも彼の持っていたのは決して刀ではなく、木刀だった。刀身の側面に龍の紋章が刻まれる、年季の入った木刀。
 知君や奏白並に若い青年が、紫色の髪を揺らしてその場に降り立った。それだけだと言うのに、場の空気は一変した。


please wait next calling