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Re: 携帯電話で闘えてしまう世界 〜最新話です〜 ( No.34 )
日時: 2012/01/22 10:08
名前: 北野(仮名) ◆nadZQ.XKhM (ID: jxbxTUdV)

二章四話



 見えなかった、動きが。感じられなかった、気配が。一つも当てられなかった、攻撃が。手も足も出なかった、あいつには。初めての完敗だった、イプシロンにとって。あの時の屈辱を自分は忘れていないぞと、力強く唇を噛み締める。リベンジに燃える心意気が瞳に殺気を与える。たった今正面に颯爽と登場した青年はイプシロンの因縁の相手。
 風になびく程度の長さの、特に髪型に気を配ってはいないだろう紫色の髪。相棒とも呼んで良いほど馴れ親しんだ一本の木刀。女性寄りだが、冷静でクールそうな雰囲気を放つ端正な顔つきをしている。戦闘時の剛力と比べると思わず目を見張るような華奢な体躯。この男は自他共に認める、Effect—Callerを除く全てのCallerの中で最強の人間。名を烏丸 紫表という。

「久々だな。あの村の一件以来だな」
「てめぇら本当にどういう用件だ。こんな所にてめぇらみたいな連中が来るなんてよっぽどだぞ」
「おいおい、何言ってんだよ。お前らのせいで来てんだぜ」

 分かってないなと、茶化すように呟き、左右に頭を振った紫表にイプシロンは苛立ちを覚えた。一度勝った敵だとはいえ、そこまで余裕ぶっているその態度がそもそも気に入らなかった上に、自分のどこが何も分かっていない、なのかが気に障ったからだ。
 ついこの間に今まで見つかっていなかった最後のELEVENが見つかった。しかしそのELEVENはなぜか警察を怨み、襲い掛かった。そうなるように仕向けたのが、イプシロンも属するトランプ・シークレットだった。そして村の殲滅中に道を封鎖し、烏丸組を止めようと奮闘したうちの一人にイプシロンがいた。その時のイプシロンは、紫表に対して完敗だった。

「何が分かってないっつうんだよ!! あぁん!?」
「お前らが馬鹿みたいに暴れるからその対処に俺たちが来たんだ。余計な仕事増やしやがって」
「そいつは気の毒だったなぁ!! でもなぁ、こっちにとってもお前らは一番邪魔なんだ!! サボりたかったら引っ込んでな!」

 引っ込んでなと、イプシロンが言い放つと同時に紫表の姿が捕捉不可能になる。反射的に身構えようとすると、何かが地を蹴る音が響く。何事かと考える暇無く、右側から鈍い衝撃が走り、イプシロンの身体は殴り飛ばされた。
 突然の事に身体は反応できなかったが、頭は嘘のように冴えていた。今、烏丸紫表は地面を蹴り、イプシロンの右手に回った。『音速並み、もしくはそれをも凌駕する』速度で。そのせいで姿が消えた後に音が聞こえたのだろう。そしてパッと見ひ弱そうなその体でイプシロンを殴り飛ばした。放物線を描いてコンクリートに叩きつけられると同時にイプシロンは我を取り戻した。

「て……め……」

 今回の一発は相当に重く、しかと床に打ち付けられたイプシロンは声にならない悲鳴を吐き出しながら悶えるようにもがいていた。息を吸っても吸っても、呼吸ができている実感が無い。怒りは全て吹き飛び、ただ痛みと必死で戦っていた。

「サボりたかったら引っ込んでろ……だと? 思い上がるのもいい加減にしとけよ」

 途端に場に夜空のように重苦しい漆黒の、恐怖が充満する。イプシロンの自分勝手極まりない先の一言に相当の怒りを感じたのだから。面倒だからやらない、そう考える数多の愚者がこのような世界を作っている。その事に対して常日頃から第零班は憤っている。
 それなのにだ、そのような輩と同じ行動を取れなどという命令は、勿論アドバイスにはならない。それどころか挑発にしてもその領域を超えている。彼らにとってその言葉は愚弄に等しい。

「くそ……!! 尻尾巻いて逃げ帰るしかないのかよ……」
「逃げられると思っているのか、めでたい奴だな」

 ほとんど消し飛ばされ、身体中にはもうほとんど残っていない体力という体力を彼は必死で掻き集めた。プライドの高い彼にしてはこの撤退はしたくない。しかしここで撤退しなかったら逮捕、そういう自分が最も嫌悪するエンディングが待っている。

「逃げ場は無い筈だ。方法もな」
「あるんだよ、それがなぁ!!」

 彼のcallingskill、Expansion and Contractionの正確な説明は、自分の半径百メートル以内にいる無生物の長さをコントロールする力。よってまずは紫表の手にあるその木刀を剣が振るえなくなるほどに短くする。その後、自分の足場になっているタイルの厚さの部分を長さと設定し、高い足場を作り上げた。そしてゆっくりと、よろよろと逃げるように歩いて去っていった。

「逃がしちまったか……」
「構わない。とりあえず犠牲者が出なかっただけマシだな」

 木刀の長さが元に戻ったのを確認した紫表は、取り逃したことを申し訳なさそうにして目を伏せた。その紫表を責め立てるようなことはせずに、小島は軽めに肩に手を置いた。カシャリと、複雑な絡繰りが折り畳まれるのによく似た音が小さく耳に入る。何が起こったのかと周りを見渡すが、特に何かが変わった様子は無い。
 だが、紫表の方に視線を戻すと違いがはっきりと分かった。さっきまで握っていた木刀が、すっかり影を潜めている。どこに行ったのだろうかと探しても、知ってる者以外は分かる筈が無い。紫表の腰のベルトに、さっきまで付いていなかった十センチ四方の立方体が現れたことには、皆目を向けていない。
 しかしそれこそが、先まで操られていた木刀だ。彼の持つ、刄の側面に隻眼の龍が刻まれた木刀には『龍紋木刀』という名前があり、戦闘時以外はコンパクトな匣になって収納できる。そんなもの、どうやって作ったかだなんて、数百年前に作り上げた張本人にしか分からない。信じがたい話だが、その不思議な刀の力は『烏丸紫表』のものではなく、『龍紋木刀』の性能なのだ。よって烏丸紫表のcallingの契約相手は別にいる。
 ただし、もしも皆が彼の契約相手を知れば、どう思うだろうか。きっとそこでも驚きが起きると断言できる。彼の実力からは到底予想できない答えが返ってくるだろう。
 最初に口を開いたのは桜井だった。皆を代表して礼を言うために。

「すまないな、助けてもらって」
「気にしなくて良いっすよ。そのために来たようなものですし」
「そういえば、あいつら遅いな。紫表、何か聞いてないか?」

 桜井に返事をした後に、紫表は小島からの質問に反応し、後ろを振り向いた。そういえば先輩と基裏は買い物してるらしいです。十五分程前に言っていたことを紫表は思い出しながらそう答えた。非常時に何してんだよと嘆息する小島を紫表はなだめた。
 それでも、すべきことが近づいているのだから個人的にしたいだけの用事は自重してくれと呆れる。
 そしてそんな中で、一人だけ流れに乗れていない者がいた。そもそも到着自体が認識されていない彼には哀れとしか言い様が無い。

「えっと……この方たち……誰でしょうか?」

 ようやく知君が登場したのだった。


please wait next calling



すいません、更新遅いくせにしばらく休みます。
多分二週間ぐらい更新できないかもです。
あっ、でも書くの止めるわけではないので……

そういや、元から二週間以内に更新してないか(苦笑)