コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【イチゴの花言葉】コメ求む ( No.13 )
日時: 2012/01/27 19:48
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

レンゲソウ

 早速ですが、自己紹介をしましょう。
 私の名前は遠山蘭。現役バリバリの高校一年生。これといって普通……だけど、実は『霊感』と『霊力』なるものを持ってる。
 私の家はちょっと大きな神社。血筋なのか判らないけど、私のバカ父と嫁に来た母以外は皆霊感と霊力を持っている。
 私には双子の弟がいて、弟も霊感と霊力を持っている。そして、今は亡きじっちゃは元神主でとてつもなく強い霊感と霊力を持っていた。じっちゃは肺がんで一昨年この世を去った。……ま、あの世でも酒ガンガン呑んでいると思うけどね(だから肺がんになるんだ)。

 そして……今は入院している、ばっちゃ。
 過労らしく、後何日かすれば治るらしい。まあ、ばっちゃも歳だしね。


 田んぼのあぜ道を通ると、端っこにレンゲソウが咲いていた。耳を澄ますと、ブンブンとミツバチの羽音が聞こえる。
 思わず私は頬が緩んだ。春はとても好きだ。

 ——そうだ、あれも春だった。
 じっちゃが死んだのも、春。




 私の両親は、昔はとっても仲が悪かった。
 昔、ほんの些細な事で喧嘩して、母が家出してしまったのだ。三日後には家に戻ってきたが、それ以来我が家では大きな溝が出来ていた。

 そんな中、私たちを育ててくれたのがじっちゃとばっちゃだった。
 ばっちゃは厳しかったけど、とっても優しかった。
 じっちゃは全く厳しく無く、とっても甘やかせてもらった。
 沢山沢山愛情を注いでもらった。母と父が居なくて寂しかった日々も、二人が喧嘩して怖かった日も、二人のお陰で何とかくじけずにいた。
 あまりにも長く居すぎたせいで——それが当たり前の日々と思ってしまった。

 幼かった私は、まだ知らなかったんだ。
 始まりがあれば、何時か終わりがあることを。

 それは——……突然だった。
 じっちゃがいきなり倒れたのだ。
 何時ものように神主の仕事をしている最中だった。他愛の無い会話をして、神社の手伝いをしている最中だった。
 すぐに救急車を呼んで、弟と一緒に呼び続けた。祈る暇もなく、考える暇もなく、ただただ声をかけ続けた。

 そして——じっちゃは、あっという間に息を引き取った。
 あっけなかった。別れの言葉なんて、聞けなかった。
 じっちゃのあの優しい微笑みも、良く私の頭を撫でてもらった手のぬくもりも。
 目は悪かったけど一生懸命私を写した瞳も、耳は遠かったけれど一生懸命聞こうとしてくれた姿勢も。——あっという間に消え去ってしまった。
 最後の最後で私は、じっちゃに大切な言葉を伝えることが出来なかった——。


 じっちゃの姿を見たのは、通夜が最後だった。
 私は両親に頼んで、じっちゃの遺体に触れさせてもらった。

 何時も寂しい時、優しく微笑んでくれた顔は穏やかな寝顔だった。
 何時も悲しい時、慰めるために撫でてくれた手は、とても冷たかった。
 何時も私が嬉しくてじっちゃに報告する時私を写していた瞳は、もう開かない。
 私の声は——じっちゃには届かない。


 その後の記憶は、全くと言っていいほどない。
 遺体が燃やされた時も、葬式も。三日間ほど、そこだけ真っ白だった。





 私は——人を信じるのが怖くなった。
 知り合いが死んだ、友達が死んだ、なんてドラマか小説か漫画だけのモノだと思っていた。自分だって何時かは死ぬのに、何処か遠い国の話かと思っていた。——でも、それは間違いだった。
 終わりはいつ訪れるか判らない。いくら心構えしていても、寂しさと悲しさは抑えきれない。
 ばっちゃは数日入院すれば治ると言っていた。でも私は——ばっちゃが死ぬんじゃないかって、不安だった。
 いきなり私を置いていくかもしれない。それがとても冷たく、悲しく感じたんだ。




「……あれ?」

 私は商店街で一通り買い物を済ませ、帰ろうとした。
その途中、道のど真ん中で少年が這いずっていた。何を呟いているか知らないが、ブツブツと呪文のように唱える。少年の傍には、丸い眼鏡があった。


——もしかして、眼鏡を落としちゃって探しているとか?


 な、何て古くてしょーもないネタなんだッ……!! いまどきの漫画もこんなシーン無くね?
 私は思わず心の中で突っ込んだが、通り過ぎるのも何だか可哀相なので、私は眼鏡を拾って、どうぞ、と渡した。

「あ、ありがとうございます!!」

 少年は眼鏡をかけて、私に頭を下げた。うん、礼儀正しいなあ。
 私より小さい少年だ。十二か十三ぐらい。緑のパーカーを来て、膝まである短ズボンをはいている。
 私はにっこり微笑んで、どういたしまして、と返した。
 その時、少年が驚いたような顔をした。そして、私の顔をまじまじと見る。

「な、何か私の顔についてる?」

 私が尋ねると、少年ははっと我にかえって謝罪した。

「あ、いえ。ごめんなさい、人違いでした」

 そう言って少年はまた笑顔に戻った。

「あの……お礼というか、どうです? 少し素敵なお店があるんですけど、行ってみませんか?」




Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【イチゴの花言葉】コメ求む ( No.14 )
日時: 2012/01/27 19:50
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

 少年に連れていかれた先は、花屋さん。少し年季が入って寂れているが、雰囲気がとても素敵だ。ただ、気がかりがあった。

 それはこの道だ。こんな道、今まで一度も通ったことが無かったし、何よりも『何かが居る』。悪霊とか、鬼とか、そんな感じのモノが。何にせよ、居心地がとても悪い。
 もう一つはこの少年。眼鏡を渡して気づいたのだが、この少年は人間じゃない。じゃあ何かといわれると返答に困るんだけど。
 かといって、悪霊とかの類では無い。寧ろ、この少年の気はとても清らかなものだ。そこのところは安心して良いだろう。
 私だって伊達に巫女をやっているわけではない。祓いも何百回ともやっているし、害の無い妖怪が居ることも知っている。

 取りあえず私は少年に促されて店へ入る。すると、外とは反対に、店の中は暖かく安心できるような空間だった。
 棚には沢山の花が並べられていている。至って普通の花屋なのに。

「ようこそおいで下さいました、『黄泉の花屋』へ」

 綺麗な声が聞こえた。レジの奥の方から女の子がやって来る。現れたのは、オレンジのエプロンを来た、十歳ぐらいの女の子。


——か、可愛いッ……!!
 思わず私は抱きついてしまった。

「あ、あの……?」

 困ったように、女の子が言う。私は我にかえり、慌てて女の子を放した。

「ご、ごめんね!!」
「いえ、お気になさらず。ちょっと面喰らっただけですから」

 そう言って、ニッコリと微笑んだ。——ああ、可愛い。可愛いの一言だよ。殺人的に可愛いよ。可愛い子を見つけて誘拐する人の気持ち、今わかったよ。
 私の隣に居た少年が、女の子に判り易いように言った。

「今さっき、僕が眼鏡を落としちゃって、それを拾って下さったんです」
「そうなんですか? 有難うございます」

 深々と頭を下げる女の子。——私、そんな大層なことしてないんだけどなあ。律義だなあ。
 私はぐるりと店の中を見渡した。——うん、素敵過ぎるお店だ。電気も眩しいんじゃなくて、優しく柔らかい光。うっとりするような、花の良い匂い。
 ふと、その時私の目にある物が写った。

「あれ? これは……蜂蜜と、レンゲソウ?」

 目立つような所に、蜂蜜のビンとレンゲソウの花束があった。蜂蜜は黄金色に光っており、見るとよだれが出そうだ。
 そう言えば、と私は思う。じっちゃ、蜂蜜が大好きだったなあ。——買おうかな。

「——その蜂蜜、レンゲソウの蜜で出来ているんですよ」

 横で女の子が説明してくれた。

「え? レンゲソウで?」

 私が思わず聞き返すと、女の子はニコニコ笑いながら頷いた。
初めて知ったわ。雑草と思って、甘く見るべからず。
 ばっちゃにも買おうかな、と思った矢先、女の子がニコニコと話しかけて来た。

Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【イチゴの花言葉】コメ求む ( No.15 )
日時: 2012/02/04 21:16
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

「蜂蜜と一緒に、そのレンゲソウを贈ってはどうです? ——入院見舞に、ピッタリだと思いますよ」
「そうねえ…………え?」

 思わず受け流そうとし、寸の字で気づいた。——今、この女の子なんて言った?
 入院見舞、と女の子は言った。——私は、その類のことは一言も喋っていない。
 まさか、この子……。
 私の動揺に気づいてんだか気づいてないんだか、女の子は一人語った。

「私の友人に、『もう死にたい』という男がいました。戦争中に生まれた男でした。
何故、と訊ねると男は言いました。

『自分の友人は、あっけなく私を置いていく。大切な人から置いて行かれるなら、いっそのこと置いていきたい』——そう言っていました」

 思わずその騙りに引きこまれ——あ、と声を上げた途端、ああ私と同じだ、と私は思った。
親同然のじっちゃに置いて行かれた。ばっちゃにも置いて行かれるかもしれない。それが怖くて。いっそのこと、置いて行きたい。私は、その人の想いが痛いほど判った。

 女の子は続ける。私の手のひらの上に、自分の手のひらを重ねて。そのぬくもりが、とっても暖かかった。

「私は彼に、何も言いませんでした。そう想うのは、彼の自由だから。けれど、自分が結婚し、息子が生まれ、息子が結婚し、その間から孫や孫娘が生まれ——やがて、考え直すのです。——ああ、やっぱり死にたくないと」
「えッ……」
「幸せだったから。たった一秒でも、幸せだったから。そしてそれに満足したから。
——男は最後は笑って、息を引き取りました」

 そう言って女の子は私をまっすぐに見つめる。女の子の微笑みは、幼さは無く、まるで慈悲にあふれる女神のようだった。

「——誰かに置いて行かれる寂しさや悲しさは、私も知っている。そして、それが慣れない内は立ち直れない程の事も。ううん、一生を掛けても慣れないのかも。
 けれど、彼は出会いを後悔していない。たった一時でも、出会えたことに感謝しているのだから」

 あ、とまた声をあげてしまった。

 私は、じっちゃを失ってとっても悲しかった。
 だから、人を信じなくなった。信じなければ悲しい想いなどしないで済むから。——けれど、違った。私のしたことは、何も感じない方法だった。
 悲しい思いをしたくないから、何も感じない選択を取るの? 楽しいことも、嬉しいことも感じないで?

 自分は何て臆病だったのだろう。自分は何て弱かったんだろう。
 例えじっちゃが死んだって、私がじっちゃと居て感じた想い出は、決して変わらないんだ。私が覚えている限り、絶対に無くなったりしないんだ。
 そう想った時、思わず涙が零れた。何で零れたかは分からない。でも、零れた途端関が壊れたように涙があふれだした。
 ぼやけた視界の中で、良く見慣れたレンゲソウが、私にはとても優しく見えた。




 翌日。私はあの花屋さんで買った蜂蜜とレンゲソウを抱えて、ばっちゃの病室を訪れた。
 ばっちゃは随分と顔色が良くなっていて、私はほっとした。
 あの花屋さんと女の子の話をすると、ばっちゃは目を細めて言った。

「それはねえ、店主の夕華さんだよ」
「夕……華?」
「そう。何時から立っているかは分からないけれど。困っている人を見つけたら、自分のお店に引きこんでね、その人が立ち直れたと思ったら、いつの間にか消えちゃうんだ。そして、もしもまた困ったことがあると、こっそりと現れる。私も、あの店には何回もお世話になったからねえ」
「へえ……」

 ふうん、と私は頷いた。ばっちゃも知り合いだったのか。

「そして……じっちゃもね」
「え……」
「昔、良く呟いていたものだよ。何で、俺だけ生きてるのかって。戦争中、成長期を迎えている子供は、栄養不足でね。長生きできなかったんだ。周りがあっという間に死んで行ってね、何で自分だけいるのかって、よく嘆いていたよ。——……私も、おんなじ風に思っていた」

 その言葉に、はっと夕華さんの言っていた事を思い出した。
 夕華さんの友人という男。あれはじっちゃだったのか。——じっちゃも、ばっちゃも、私と同じ風に思っていたのか。
 でもね、とばっちゃは続けた。とっても穏やかで、さっぱりした顔で。

「私ゃ、今は生きていて本当に良かったって、想っている。バカだけど息子も生まれたし、その間からアンタたち孫が生まれて来たからさ」

 その言葉に、思わず私は照れて、ばっちゃから目を逸らした。

 私は、ばっちゃやじっちゃのお陰で卑屈な人間にならずに済んだ。じっちゃやばっちゃが私の寂しさや悲しさをやわらいでくれたから、何とかなった。
 私は、ばっちゃに何かしてあげられるのだろうか。ばっちゃの痛みや苦しみを、少しでも和らげるだろうか。
 ——少しずつでも、ばっちゃの為に何かしたい。




私は窓から空を見た。空は蒼く澄み渡っている。
 穏やかな風が吹いた。風に揺られてカーテンがヒラヒラと舞うようにゆれる。その傍で、私があの店で買った蜂蜜と花瓶に入ったレンゲソウが置いてあった。





















 レンゲソウの花言葉 『私の苦しみを和らげる』

執筆日 2012年 1月27日