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Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【レンゲソウの花言葉】コメ求む ( No.17 )
日時: 2012/01/30 21:44
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

ストック(赤)

 私は、中学の養護教諭の仕事についています。平たく言うと、保健室の先生です。
 養護教諭の主な仕事は、怪我・疾病などの応急処置の他に、生徒の悩みや問題を聞くことです。——この仕事について、かれこれ五年ぐらい経っていると思います。まだまだ経験が浅いです。

 だからでしょうか、私が「何か悩みがあるの?」と聞いても、「何でもない」と返って来ます。私の思い違いかな、と思ったのですが、その子はいつ来ても思いつめている顔をしているのです。
 とうとうその子は不登校になり、学校にも来なくなりました。

 明らかに原因があると私は思います。けれど尋問のようにするのも悪いですし、かといってこのまま放っておいても気になります。どうすればいいのか先輩である養護教諭に聞いてみました。
ですが……こう返されてしまったのです。





「ああ、あの子? そんなのウソに決まってるわよ。最近の子はそんな嘘ついて親に庇ってもらってるんだから」







 ——私はその言葉を聞いて、頭が真っ白になりました。
 悔しいんだか悲しいんだか、とにかく感情がごっちゃ混ぜになって、何も言えませんでした。
 仮にも教師が、しかも養護教諭が、そんなこと言うなんて信じられませんでした。




 ——私が養護教諭になった要因は、私自身鬱病になりかけ、不登校になったから。
当時の担任の教師と上手くいかない時期があって。その先生はとにかく怒鳴る先生でした。気に入らない生徒には手に触れただけで、「穢れる」「汚い」と言って、怒鳴りました。
怒鳴られるのが苦手な私は、怒鳴られないように努力しました。けれど、先生は他の生徒を叱るときにも私たちの目の前で怒鳴っていたので、何の意味も持ちませんでした。
 けれど私は、先生が正しいのだと思い込んでいました。一度、反抗した生徒がいましたが、「子供は大人に従うものだ」「言い訳するな」と言われ、蹴られ殴られました。

 怒鳴られるのが嫌。けれど、先生の言う事は正しいのだ。私が悪いのだ。そう思い込んでしまった私は、とうとう食欲もなくなり、睡眠も短くなっていました。——鬱病になりかけていたのです。
 苦しくて、辛くて、私は全て両親に話しました。両親は「無理して学校に行かなくていい」と言ってくれました。
 私の話を聞いて、両親は担任の先生に私の現状を話しました。けれど——まあ予想はしていましたが——担任の先生はあまり取り合ってくれませんでした。

 どうしようか、本当に悩んでいる時——保健室の先生が、手を差し伸べてくれたのです。
 教室に行かない代わりに保健室に来い、と誘われ、他の先生に勉強を教えてもらいました。
 両親と保健室の先生のお陰で——私は、立ち直ることが出来たのです。




 その事があって、私は養護教諭になろうと思いました。

 ——だから、放っておけないのです、私は。あの子の気持ちは、とてもよく解るから。
 思春期にいる子供は、とても不安定です。身体の成長に心が中々追いつかない。どうしようもないイライラも至って普通です。——そこで、頭越しに自分の存在を否定されてしまったら、心が壊れてしまうこと場合もあります(そうでない子も勿論いますが)。手遅れになれば、そうなってしまうでしょう。

 けれど、余計なおせっかいと言うのもあります。私がもしあの子の目から頼れる先生に見えたら、私が聞けば話してくれるでしょう。ですが、何でもないとあの子は言います。
 それは恐らく、私はあの子に、頼りない先生とみられているのでしょう。だとしたら、関わる分だけあの子を傷つけてしまうかもしれません。
 ——傍から見れば臆病者に見えるでしょう。ですが、心が壊れてしまったら、もう治すことは出来ません。——自身があの過去を送ったからこそ、その恐ろしさも判るのです。
 けれど——時間もあまりありません。
 悩み過ぎも身体によく無いので、私は気をまぎわらす為買い物に行くことにしました。

Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【レンゲソウの花言葉】コメ求む ( No.18 )
日時: 2012/01/30 21:42
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)





 私の近所には、今では珍しい商店街があります。他の地域にあった商店街は寂れてしまったり無くなったりしているのに、ここの商店街はとっても賑やかです。近くにもスーパーやコンビニがありますが、商店街の方が馴染みが多いので、大体商店街で買い物を済ませます。商店街の中にはデパートもあるので、服や靴も買う事が出来るのです。
 大体買い物を済ませ、今度は花屋さんに行こうと思いました。




 ——……花屋さんに行こうとしたのに、どうしてこんな目に会っているのでしょう。私は、すっかり迷子になってしまいました。
 確かに、私は方向音痴ですよ? ですけど、知っている道で迷子になるなんて、一度もありません!!!
 ……今、まさになっているんですけどね。あ、今泣きそうになりました。

 辺りはだんだん暗くなっていきます。何だかお化け屋敷のような気味の悪さがありました。ホラー系が苦手な私は、こう言うところも勿論苦手です。どうしよう、と思った矢先、目の前でお婆さんが店の中に入っていくのが見えました。
 上をむくと、店の看板に『黄泉の花屋』という文字が見えます。——と、いうことは花屋さんなのでしょうか? 丁度花屋にも寄る所でしたので、花を買うついでに道を訊ねようと思いました。
 勢いよく中に入ると、さっき見かけたお婆さんと、オレンジ色のエプロンをかけ、両手に赤い花を持った女の子が居ました。——どうやら、女の子の方は店のお手伝いをしているようです。長い髪をおかっぱにしており、まるで祖母の家に飾られてある市松人形みたいな、綺麗な女の子でした。
 女の子は花を持ちながら、ペコリ、と私に軽くおじきしました。

「ようこそおいで下さいました、『黄泉の花屋』へ。何かお探しですか?」

 私はしばらくポカン、と口を開けていましたが、やがて我に返って聞きました。

「あ、あの、出来れば今の月に咲いている花が欲しいです」

 噛みながら言うと、女の子はニッコリと笑って、かしこまりました、と赤い花を持ちながら店の奥へ行きました。

「おやおや、若い方がこんな商店街に来るとはね」

 隣で座っていたお婆さんが、意外そうに私に聞いてきます。

「いえ、結構若者でもここを利用している人は多いですし、何より店の方が優しいですから。私、この商店街好きです」
「そうかいそうかい」

 ニコニコ、とお婆さんは笑って言います。嬉しそうに、目を細めて。お婆さんも、この商店街が好きなのでしょう。
 お婆さんと私は、暫く会話が弾んでいました。お婆さんは結構今の話題を知っていて、とても気さくな方でした。
 会話の途中、お婆さんは意味ありげに私に言いました。

「しかし、貴女も随分苦労しているようだねえ」
「え……?」

 お婆さんの言っている『苦労』のことが、何のことやら判らず、私は思わず聞き返してしまいます。
 その時、女の子が店の奥から戻ってきました。
 ——彼女が持っているのは、あの赤い花。それが綺麗に花束になっていました。初めて見た時から思っていましたが、綺麗な花です。

「これは、ストックという花です。別名を、アラセイトウといいます」

 女の子が説明してくれました。私は、ストック、アラセイトウ、と小さな声で繰り返しました。

「……貴女はストックの花言葉を知っていますか?」
「? いいえ」

 私が聞くと、女の子は微笑んで言いました。

「——『永遠の美』『永遠の恋』『求愛』。この他にもありますけれど。——ですが、赤色のストックの花の花言葉は、『私を信じて』です」
「あ……」

 『私を信じて』。その言葉が、私の脳裏に何度も響きます。
 その言葉は相手に伝える言葉なのでしょう。ですが、今の私にはどうしても、自身に聞かせる言葉のように感じました。

Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【レンゲソウの花言葉】コメ求む ( No.19 )
日時: 2012/02/04 21:17
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

「——ストックって、どんな意味か判りますか?」

 女の子の次の問題にも、私は答えられず首を横に振りました。
 女の子は、楽しげに答えを言いました。

「ストックとは、『茎』という意味。この植物の茎が太くて丈夫で、真っすぐに伸びることから。——貴女も、そんな風になりたいとは思いませんか?」

 その言葉に、私はこの女の子が読唇術を使えるんじゃないかと思ってしまいました。
 私は開いた口が塞がらず、ただ女の子の言葉を聞いていました。

「私は、どんな風になれば人に頼れるかは判りません。けれど、自分すら信じていない人を頼ることは出来ないと思います。
 自分が想っている事や考えている事を信じて——勿論、それだけじゃ駄目ですが——けれど、私はそれを一歩だと考えています」

 女の子は私の両手にストックの花束をしっかり握らせました。

「——間違いや恥は、誰にだってある。けれどそれを恐れているばかりでは、何も変わらないし、何も始まらない。
 今の貴女の感情や考えは正しいよ。誰がどう言っても、もしも後から間違えと思っても、その想いは正しい。だから、胸を張っていいんですよ。背筋を伸ばしてください」

 その言葉一つ一つは、私の心に染みました。

——あの時、先生に怒鳴られても私は間違っていませんでした。
ただ、自分を信じていなかったから、何も変わらなかったし、何も始まりませんでした。
 もしも、胸を張って背筋を伸ばして、「私は間違っていない」と堂々と主張していたら……何か、変わっていたハズなのです。

 ああそうか、と私は想いました。
 結局は、自分が変わらないと何も始まらないのです。勿論、人の手助けも必要ですが、それも含めての結果は、全部自分に委ねられているのですから。

 ——それだけのことだったんです。私が悩んでいたのは、たったそれだけの、解りきっていることだったのです。



 その後、私は覚えていません。
 花を買い、女の子に道案内して貰ったのですが、いつの間にか家についており、いつの間にかあの子も居ませんでした。
 そして……調べてみたところ、あの商店街にはそんな花屋はありませんでした。
 まるで狐につままれたような、不思議にも怖くは無い出来事でした。


 その翌日、私はその子の家に行くことにしました。——あの花屋で買った、ストックの花束を持って。
 自分を信じて見よう。そして、その子にも伝えよう。——結局、自分が変わらないと周りも変わらないのですから。
 少しでも、その子の未来が明るくなる為に。
 私は、一歩前へ踏み出しました。




















ストック(赤)の花言葉 『私を信じて』

執筆日 2012年 1月30日