コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集— ( No.2 )
- 日時: 2012/01/23 20:24
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
クローバー
寒い冬が通り過ぎ、この地は暖かい春を迎えようとしていた。市街はだんだんと春の色に染まっている。
私は大学の帰り道、一つの花屋さんへ向かっていた。
——もうすぐ、妹の命日。妹を水没事故で亡くしてから、もう何年経っただろうか。
二歳年下の妹は、生まれつき気管が弱かった。検査入院と退院を繰り返し、時には酷い喘息も出て。
悲痛で歪む妹の顔を見て、兄である私は何とかしてやりたかったが、私はまだ何も知らない子供なのだから、励ますことしか出来ない。
困っている私と私の両親に、妹はこう笑って言ったのだ。
『私は大丈夫だから、そんな顔しないで』
妹は健気で、私たちが来る度に何時も笑っていた。私たちが心配そうな顔をすると、慌てて笑みを作って安心させようとした。今想うと、そんなことしないでもっと甘えても良かっただろうに——。
そんな中、とある朗報が届いた。外国で、良い医者が見つかったのだ。
早速母は多少の借金を賭け、父と妹と一緒に船で外国へ行った。——何故船だったかというと、父は極度の高所恐怖症だったからだ。父は妹の為なら飛行機に乗ってもいいと言ったのだが、優しい妹は船で行こうと言った。
私は親戚の家へ預けられることになり、三人で外国へ向かったのだ——。
——そして、妹は帰って来ることはなかった。
いきなり海が荒れ、船が沈没してしまったのだ。私の両親は必至で泳ぎ、救命隊員に助けられた。だが妹は、入院ばかりしていた為、体力が人並みよりも少なかった。それに、気管が弱いせいもあって、妹は助けられること無く海に沈んて行った。
遺体が見つかったのは、とても暖かい春の日のことだった——。
あれから十年もの歳月を経て——私はいつの間にか、二十歳を迎えていた。成人式を迎え、大人の仲間入りになった。けれど私の心は、妹を亡くした時のまま止まっている。
あの時もっと私がしっかりしていれば——。
父には悪いが飛行機にしていたら——。
それとも、別の日に帰ることでもしていれば——。
私も、一緒について行けば——。
もしもの事を思ったって何も変わらない事は十分に判っているが、そう想わずにはいられないのだ。
「ありゃ? お兄さん、花屋さんに向かうのかい?」
はっと振り返ると、名前は知らないが顔見知りのお婆さんが声をかけて来た。何時もの花屋さんの道に行くたびに会うからだ。
「今日はあの花屋さんはお休みだよ。何か、家族で旅行に行くらしい」
……何と言う事だ。ここまで来て、花屋さんがお休みとは。
どうするか、私は迷った。今日以外に暇は空いていないのだ。かと言って、花も無しに墓参りに行くのは……。
悶々と悩んでいる私の姿を見かねて、お婆さんは指をさしていった。
「あそこの角を曲がると、ちょっと古いが花屋さんが営んであるんだ。そこなら良い花も揃ってあるし、行ってみるといいよ」
- Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集— ( No.3 )
- 日時: 2012/01/23 20:45
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
お婆さんに言われて着いた花屋さん。少し寂れているが、雰囲気は良い。……店は。
花屋さんが立っている道沿いは、人気が全くない所だ。しかも今は春が近いとは言え、六時を過ぎ、午後七時前。街灯があるとはいえ、真っ暗に近い。何かいそうで怖い雰囲気だ。
あまり長居はしたくないので、さっさと店へ入る。
入った途端、ふんわりとした花の匂いが香った。中は暖かい光に包まれている。店の前が滅茶苦茶怖かった為、私はほっとした。
「ようこそおいで下さいました、『黄泉の花屋』へ」
店の奥から、声が聞こえた。すると、まだ十歳にも満たなそうな少女が出てくる。
淡いオレンジのエプロンを掛け、真っ黒で鮮やかな黒い髪をおかっぱにしている。幼いが整った顔立ちだ。要するにこれが『美少女』というものだろう。落ち着いた口調に敬語のせいか、何故か神秘な雰囲気を纏っていた。
少し呆気に取られた私は、しかしすぐに我に帰る。
「えっと……お嬢ちゃん、大人の人か店長さんはいるかな?」
その少女の目線と合うようにしゃがみ、ニコニコと笑いながら言うと、おずおずと少女は答えた。
「店長は私ですが」
「え? でも君、まだ子供……」
「子供に見えるだけで、私はこれでも結構長生きしてますよ?」
……つまり童顔ということだろうか? それとも私をからかってるのだろうか? 私はますます混乱した。
取りあえず、お墓に供える花はどんな花がいいのか訊ねてみた。
「そうですね……これなんかどうですか?」
少女がごそごそと棚から出したのは、鉢に植えてあったクローバーだ。
……ふざけているのか? 普通、墓にクローバーなんて供えないだろう。
言おうとしたが、寸の字で止めた。——相手は子供なのだ、大人である私がムキになってはいけない。
そう思った矢先、少女はニコニコと笑いながら言った。
「——今貴方、『ふざけているのか? 普通、墓にクローバーなんて供えないだろう』って思いましたね?」
——言葉を失った。まさか顔に書いてあったのだろうか?
呆気に取られている間に、少女は話しだした。
「確かに、普通のお客様だったら私もこの花は出しませんが——この花を選んだのは、貴方が供える相手は、水没事故でお亡くなりになったから」
その言葉を聞いて、今度は顔がこわばって来た。
墓に供えるとは行ったが、妹が水没事故で亡くなったなんて、一言もこの少女には言っていない。それなのに、この少女は知ってるのだ……!
「貴方はご存知ですか?」
「な、何が?」
思わず声が上ずる。少女は相変わらずニコニコと笑みを絶やさずに言った。——まるで、私を小さな子として、昔話を騙るように。
「『——アイヌの娘イロハと青年アッパは恋人同士でした。ある夜、イロハのところへ行こうとしたアッパの船が沼の途中で突風を受けて沈んでしまいました。
アッパは懸命に泳ぎましたが、ついに力尽き、溺れてしまいました。そしてイロハの元には、アッパの死体だけが流れ着いたのです。イロハは、アッパの冷たくなった身体に自分の身体を結びつけ、沼に沈みました。翌朝、沼の回りには、クローバーが咲き乱れていたのです——』。
どうですか? まるで、貴方と貴方の妹みたいではありませんか」
- Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【クローバーの花言葉】コメ求む ( No.4 )
- 日時: 2012/02/04 21:14
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
その言葉に、私は驚きのあまり、身動きも出来ないで居た。——少女は、私の心を読めるのだろうか?
驚きはあったが——不思議にも、全く怖くはなかった。
少女は私の手に自分の手を重ね、私に言う。
「——人は、未来を予測することはできない。快晴と思っていた日に、突然嵐が来るように。だから、きっと後悔することだって沢山ある。……貴方はイロハのように、とても大切な人を失くして後悔した。——そして、その後にあの時自分に何が出来るか判ってしまった」
そう言って、少女は束になったクローバーの花を、私の手に置いて、握り締めさせた。
「イロハは後悔して、自分も死を選んだ。——これは私の推測ですが、ハッパはそんなこと望んで無いと思います。……そして、貴方の妹もそう」
少女は真っすぐ私を見つめた。その瞳は、とても私より小さい少女の物とは思えない。
「今、貴方の姿を見れば——きっと、妹さんは悲しむと思います。何故、妹さんが両親や貴方に辛くても笑っていたと思いますか? ——貴方達に、笑って欲しかったからです」
思わず私は、あっ、と声を上げた。——そんなの、全然気付かなかったからだ。
妹は私たちに笑って欲しかったのだ。思えば、私や両親は妹の前では何時も暗い顔をしていた。それが妹を、苦しませていたのかもしれない。
私はそのクローバーを買った。お金を少女に渡す。
少女は私の背中を押し、こう言った。
「——さあ。遅くならないうちに。店を出て、左に曲がって真っすぐ行くと、すぐ着きますよ」
少女の言った通り、墓地にはすぐに着いた。周りは真っ暗になっており、私は懐中電灯を着け歩く。
こういう場所はとても怖いのだが——不思議にも、あの花屋さんを出てから、全く怖く感じなかった。
妹の墓を見つけ、クローバーの花を供え、手を合わせる。線香も取りあえず上げておいた。
目を閉じ、私は想う。私は、結局妹を苦しませただけだったのか。妹の想いも知らないで、勝手に悲しんでいた私は、自己満足に浸りたかっただけなのか。
その時、瞼の裏に妹の笑顔と、明るい声が響いた。
『何時だって、私の笑顔を思い出して!!』
はっとして、瞼を開けると、そこには添えられたクローバーの花しか見えなかった。辺りを見渡しても、誰の姿も無い。
私が作りだした幻かもしれないが——それでも私は、妹が居たのだと確信した。そして、やっと判った。
妹は、私が笑顔でいることを望んでいる。たった、それだけのことだったのだ。
私は一人微笑み、妹の墓に約束し、家に帰った——。
あれから何年かして、私が大学を卒業でき、医者になっていた。
妹との約束。それは、『私が立派な医者になる』ことだった。その約束を、今、コツコツと果たそうとしている。
妹が救われるわけではない。だが、私の手で救える人間は居るはずだ。そう信じて、毎日を過ごしている。
ただ、気になるのはあの花屋さん。あの後、あの花屋さんに寄ろうとしても辿り着かないのだ。
近所の方にも聞いてみたが、あの近くに在る花屋さんは私が良く通うあの店だけしかないらしい。
そして、あのお婆さんにもあれから会う事は無かった——。
クローバーの花言葉 『約束』『私を思い出して』
執筆日 2012年 1月23日