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- Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【ストック(赤)の花言葉】 ( No.28 )
- 日時: 2012/02/16 21:25
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
*この話はレンゲソウ>>13-15の続きです。
アザレア
『黄泉の花屋』……それは幽霊である夕華という少女が店長を務めている店である。その店主は優しい心を持ち、苦悩を持つ人々の背中を押す為、黄昏時にこっそりと現れ、そしてひっそりと闇に消えてしまう——というのが、この商店街に伝わる伝説らしい(これはばっちゃに聞いた)。
なのに……。
「どーして私、来れてるのかなあ……」
私、遠山蘭の目の前には、『黄泉の花屋』と書かれた看板を掛けた、あの花屋さんがあった。
「——それはまだ悩み事があるからでは?」
店主の夕華ちゃんが、あっさりと私の質問に答えた。
「……そんなもん?」
「そんなもんじゃない?」
隣で私をこの店に案内した張本人の少年——夢想が言った。夢想は露店で買ったチョコバナナを頬張っている。
「何時も悩んでいる」と言われ軽くへこんだ私に、見かねた夕華ちゃんが励ますように言った。
「まあ、青春というものは悩む時期ですから。貴方のおばあさまも、若い頃は良く通っていましたし」
「容姿が私より若い貴女に言われるとナニか腹立つわ……」
その時、私は夕華ちゃんの言葉に違和感を感じた。
「若い頃は……って、じゃあ最近はめっきり来なかったってこと?」
私が言うと、何時もニコニコ笑っている夕華ちゃんにさっと笑みが消えた。その時、何か傷口に触れること言ったのかなと思ったけど——それもつかの間で、すぐに何時も通り笑う。
「——……時間が流れるのは早いんです。そして、人はあっという間に流されてしまう。——そうやって、変わり続けるんです」
——けれど、何故だろう。窓から夕陽が差し込み照らされたその笑みが、私にはとても儚げで切なく見えた。
「……」
「……蘭ちゃん?」
しばらくボーとしていたが、夕華ちゃんの声に私ははっと我に返る。
「あ、ごめん!! ボーとしてた!!!」
「? ならいいけど……せっかくだから、花買って下さいね」
そう言って、夕華ちゃんは店の奥に消えた。
私は取りあえず棚に飾られた花を見物する。サクラソウ、アイリス、クロッカス……色々な花が揃っていた。
そこに、私は真っ赤な花を見つける。——花の形はツツジに良く似ていた。
何の花か私が尋ねると、夢想が答えてくれた。
「その花、アザレアっていうんだ。ツツジに良く似ているけど、高さは最大一メートルもあるやつだってあるんだぜ」
「へえ……」
その時、丁度夕華ちゃんが店の奥から出て来た。私はこの花を買う事に決め、夕華ちゃんに花束にするよう頼んだ。
慣れた手つきでアザレアの花を花束にしているのを見ながら、私は夕華ちゃんに聞いた。
「ねえ……夕華ちゃんは、相手に止めて欲しいって思ったことある?」
「止めて欲しい事?」
返事はちゃんとするが、手を止めない所を見ると流石プロである。
「例えば、酒とかタバコとか」
「……それ、貴女のお父様のこと?」
核心を突かれ、私は苦笑した。
私の父は、霊感と霊力は受け継いでないのに酒癖と煙草の趣味を祖父から受け継いでしまった、ぐーたらで悪い大人の見本である。
今だからこそまあまあ母とは仲がいいのだが、私が小さい頃はとんでもなく仲が悪かった。母が家出することもしょっちゅうあったし、大声で喧嘩する所も見て来た。
悪いのは何時も父。本当に最低の中の最低の大人で父親。——それでも。
「——それでも、そんなバカ父でも、居なくなって欲しくは無い」
あんなに酒を飲んでいると、肺がんで亡くなった祖父のことを思い出す。だから、酒を少し控えて欲しいと言っても、「口うるさいなあ」とあしわられてしまう。
人の趣味に、口をはさむのはいけないことなのかもしれない。——でも、あんな父でも、私にとってはとっても大切な人なんだ。だから、避けれる障害は避けて欲しい。
——母はいきなり家を飛び出していった。父が家に居ない日々もあった。
そんな中、私を育ててくれたのはじっちゃとばっちゃだった。でも、じっちゃは私を置いて行った。
何時も大切な人は、スルリと何処かへ行って。
もう、いきなり居なくならないで。
私を置いていかないで。
「——……だったら、その言葉をお父様にぶつけてみればいいのでは?」
夕華ちゃんが言葉を発した時には、もう花束は出来あがっていた。
「確かに、頭越しから否定したら、相手は腹が立つかもしれない。貴女にとっては止めて欲しいことかもしれないけれど、お父様にとっては、とても大切な休息の時間だから。
——でも、貴女はお父様の為に言っているのでしょう? だったら、ガツンと言ったっていいと思いますよ? ——ちゃんと血のつながった親子なのだから、判ってくれますって」
パチン、とウインクして言う優香ちゃんの手元には、アザレアの花束があった。
私は顔を少し赤く染めて、笑顔でうん、と頷いた。
夕華さんに言われて、少し自信がついた。夕華さんて、やっぱり私より長生きしているんだなあ、って素直に思った瞬間だった。
高揚とした気分で私は店を出た。勿論、花束を持ってだ。
出る際、夢想が私にビー玉サイズの水晶玉をくれた。
「これも貰っとけよ。役に立つと思うからサ」
そう言われ、私は思わず笑顔でありがとう、と返した。
この水晶玉が、どんな悲劇を起こすか知らずに……。
私はアザレアの花束と水晶玉を父にあげた。父は不思議そうな顔をしていたが、取りあえず受け取ってくれた。
その翌日。父は何故か酒とタバコを止めていた。
「あれ? 最近酒とタバコ止めているね?」と私が聞いたら、父は「昨日酒とタバコの怪物に襲われる夢を見た」と答えた。その内容は父にとってはショッキングで、一週間酒とタバコを見ただけで悲鳴を上げていた。
あの後夢想が獏の妖だと気づいた時、こりゃあの水晶玉のせいだなと思ったのは、言うまでもない。
アザレアの花言葉 『禁酒』
執筆日 2012年 2月4日