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Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【四葉の花言葉】≪営業中≫ ( No.48 )
日時: 2012/02/21 22:14
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

カタツバタ

 もう、限界……。

 デパートのビルの最上階。フェンスを越え、あたしは下を見下ろす。地面からかなりあり、しかも下は車が通っていた。
 ここから飛び降りれば、確実に死ねる。




 あたしは、成績が結構良かった。親が「良い学校に入れば、幸せになれる」という言葉を鵜呑みにして、あたしは中学校は私立へ行った。
 友達とも別れ、入学したのに……。

 入学して、友達は中々作れなかった。
 それどころか……沢山、虐められる日々が続いた。原因は良く解らない。でも、気づけば、生ゴミをかけられたり、靴を隠されたり、机に落書きされたり……。
 そんな環境で、真面目に勉強なんて出来る訳ない。それでも頑張り続けたのに、成績はどんどん落ちるばかり。
 両親には叱られ、罵られ……。いじめのことも一応話したけれど、「お前が悪いんじゃないか」「学校行きなさい」で、全然取り合ってもらえなかった。
 学校も家庭もサイアクだ。誰もあたしの事判ってくれないし、判ろうとも思わない。勉強も元々大嫌いだった。
 あたしの回りは、皆敵だ。だから……。




 だから、死ぬの。
 遺書ももう用意してある。それを読めば、いかにあたしに酷いことをしていたか理解するだろう。
 痛いのは、きっと一瞬。さあ、死のう——————……。




「ッ危ないぃィィィィィィィ!!」

と、思った瞬間、後ろから何か凄い声が聞こえた。
 振り向くと、もう目の前には靴の裏があって。




 ズコ————————ン!!


 ——物凄い音とともに、吹っ飛ばれる感触と空に浮くのを初めて実感し——あたしは意識を手放した。

                      ◆

 目を覚ますと、見慣れない天井が真っ先に見えた。
 ここが何処かは判らない。場所を確認する為に、取りあえずあたしは上半身を起こしてみた。
 その時、激しい頭痛に襲われ、あたしは思わず小さい悲鳴をあげる。

「〜ッ」

 頭がガンガン、ズキズキ、キンキンする。ヒビが割れているようだ。
 頭に手を当てて見ると、何か布のようなもの——包帯が巻かれていることに気づく。その時、あたしの脳裏に意識を手放す前のことを思い出した。

 そうだ。確か飛び降り自殺する直前——。そこまで思い出し、ゾクリ、と寒気がした。

 ——……うん、忘れよう。誰かさんに蹴飛ばされて空を浮いてそのまま落下したなんて。

 ともかく。ここは何処だろう? 多分天国じゃないと思う。
 あたしはゆっくりと起き上がり、歩いてみることにした。
 ここは……花屋さん? 回りの棚には沢山の花ばかり。
 もっと奥に進むと、私より少し年下の女の子と、長身の青年(大学生ぐらい)がもめていた。

「——何で飛び降り自殺を止めるのに突き落とすんですかッ!!! 最初見た時心臓が凍ったかと思いましたよッ!!」
「しかたねえだろッ!! いきなりだったからびっくりしたんだよ!!」

 ……どうやら、青年が怒られているようだ。幼い子供に、良い大人が叱られるなんて、シュールな光景。
 女の子は、あたしの気配に気づくと、厳しい顔を緩めて、笑顔で言った。

「あ、目を覚まされたんですね!! 良かったです」

 そういうと、今度はキッ、とまゆを吊り上げて、青年に言った。

「ほら! 貴方が怪我させたんだから、謝りなさい!」

 すると、青年は凄いしかめっ面で、

「ふざけんな! 自殺しようとしたところを止めたのに、何で俺が謝らなくちゃならねえんだよ!!」

 その言葉に、あたしはむかっと来た。
 何だその言い方は。自殺しようとした側が悪いと言いたげな。——あたしだって真剣に悩んでいるのに!!

 あたしは少しむくれて、乱暴にソファーに座った。
 あたしの態度に、青年の方はこめかみに青筋を立て、女の子は青年を抑えて少し言い難そうに言う。




「貴女が何故自殺をしようとしたのは判りませんが……自殺は、やっちゃダメですよ?」



「——何にも知らないくせにッ!!!」

 バッ、とあたしはソファーから勢いよく立ちあがった。わなわなと、握り締めた拳が震える。激情に流され、身体のコントロールが効かなくなっている。
 今まで抑えていた感情が、あふれ出していった。
 あふれ出したら止まらなくなって、気が付いたら大声で女の子に怒鳴っていた。

「あたしがどれだけ悩んだか、知らないくせに!!
 あんた、あたしより年下でしょ!? 偉そうに言わないで!!
 あんたなんかにッ……」

 ——気づけば、女の子は呆然として、そして悲しそうな顔だった。
 でも、あたしはそれを頭から無視して、言ってしまった。




「あたしの何が判るって言うのよ!!!」




 ——その言葉を放った途端、女の子は本当に、傷ついた顔をして。
 女の子の隣に立っていた青年は、顔を真っ赤にし、怒り狂っていて。
 そしてあたしは——頭が真っ白になってしまった。

 何を言ったのか、自分でも判っている。——でも、どうしようもなかった。

 気がつくと、思考よりも身体が動いていて、あたしは走って店を出た。

Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【四葉の花言葉】≪営業中≫ ( No.49 )
日時: 2012/02/21 22:15
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)





 どうして? ——その単語があたしの頭を駆け巡る。
 どうして、こんな目に……?
 あたし、悪いこと何かした? 人を傷つけるようなこと、何かした?
 あたしは悪くない、絶対に悪くない!! 悪いわけあるもんか……!!





「——待てよ!!」

 ガシ、と後ろから凄い力で手を掴まれた。その途端、ガクン、と体勢を崩す。
 後ろを振り向くと、そこには青年が居た。

「ちょ、離して!! は、もしやロリコン!? この変態!!」
「ヒデェ!! じゃない、話を聞け!!!」

 罵りの言葉を、青年はノリツッコミをしてから遮った。

「お前、あの言い草は無いだろ!! 心配してくれる奴が居るのに、あの言い草は!」

 青年の言葉に、あたしは声を荒げて必死に言い返す。

「何よ!! 赤の他人であるアンタたちに、何が判るってのよ!!」
「——判らねえよ!!
 ……判るわけねえけど、それでも放っておけねえよ!!!」

 放っておけない……?

 青年のその言葉が、あたしの頭に響いた。——けれど、傷ついたという感じではなく、閉じていた空間に外の空気が入ったような、そんな爽やかな気持ちだった。

 青年は、あたしの手を掴んでいる反対の手に握られていた、紫色の花束を、空いているあたしの手に握らせた。

「——お前、判って欲しかっただけなんだろう? 辛い想いをしているから、気づいて欲しかっただけだろう? ——なら何で気づかせようと努力せずに死ぬ方法を選ぶんだッ!!」
「だから自殺を選んだのよ!! 自殺すれば、皆反省して気づいてくれるって——……」

 言い返すあたしに、青年はまた遮った。




「死んだら元も子もねえだろうが!!!」

 ——その言葉に、あたしはやっと冷静になることが出来た。




 確かに、自殺すれば皆後悔するだろう。自分が追い詰めるのが悪かったと、反省するだろう。
 ——でも、その姿は、あたしには見えない。そこには『あたし』は存在していないのだから。
 それに、死ぬということは、一切何も感じなくなる。悲しみも、辛さも、憎しみも——でも、それは、喜びも楽しみも幸福も——無い。

 あたしは、幸せになれない。

 そこまで辿り着いて、あたしはやっと気付いた。
 あたし、何の為に死ぬの?
 両親のため? 虐めている奴らの為? そいつらを、反省させるため——?

 何て下らない事をしていたのだろう。
 あんな奴らの為に死ぬなんて、馬鹿馬鹿しい。
 生きて——幸せにならないなんて、絶対嫌だ。
 そこまで辿り着いた時、あたしはあの時女の子に放った言葉を思い出した。
 ——ああ。あたしはなんて酷い事を言ったのだろう。
 言葉の重さが、やっと判った。言って、後悔した。
 あたしも、人を傷つけてるじゃないか。人の事、言えないじゃないか——————!!

Re: 『花言葉』—気まぐれ短編集—【四葉の花言葉】≪営業中≫ ( No.50 )
日時: 2012/02/21 22:15
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

 ポロ、と涙が零れた。
 一つ、と零れ、それがだんだん激しく零れて行く。

「ごめん……なさい……ごめ……な……さい!!」

 嗚咽にかき消された声で、あたしは謝った。
 泣きじゃくるあたしの様子を見て、青年は困った顔で言った。

「——謝るのは俺じゃねえし、それにもうあいつも気にしてねえよ。
 その証拠に、あいつからこの花を届けるように言われたから」

 この花、とは今さっき渡された紫の花。
 あの花に似ている。アヤメや、ショウブの花に。

「——こいつは、カタツバタという花で、アヤメ科だから良くアヤメに似てるんだ。この花の花言葉、知ってるか?」

 青年の言葉に、あたしは首を横に振った。

「——この花の花言葉は、『幸運は必ず来る』。
 例え、今は苦しくたって、必ず幸運は来るんだ。だから——今は苦しくても、逃げないでくれ。そう言ってくれと伝えられたよ」

 その後、青年は穏やかな顔になって、あたしの頭を撫でた。

「——お前、名前は?」

 しゃっくりをあげながら、あたしは答えた。

「……八ツ山侑子。侑子と書いて『ながこ』」
「そうか。俺の名前は月宮。月の宮と書いて『つみや』だ。そしてあのチビは夕華。夕方に咲く花と書いて夕華だ」

 あたしは小さく、つみや、ゆうか、と口にした。

「——ヒマだったら何時でも来い。俺たちが友人になってやるから」


 月宮の言葉に、あたしは素直に頷く。
 今まで辛かったけど……優しく接してくれる月宮と夕華なら、心を開けそうだったから。
 頑張って、生きて見ようと思えたから。


 そう想えただけで……あたしは、幸せを感じた。
 寂しかった心に、少しずつ暖かいモノが満たされていくように感じた。

                     ◆

 あの後、あたしは落ち着くことが出来、そのまま家に帰ることにした。
 あの夕華っていう女の子にも謝りたかったけれど、月宮に「今日はもう帰れ」と言われ、素直に帰ることにした。


「……ったく、お人よしだな、おめえも」

 月宮は帰って来るなり、夕華に言った。夕華はソファーに座り、優雅に紅茶を飲んでいた。
 夕華は振り向いて、ニッコリと微笑んで言った。

「私は……悩んでいる人々を少しでも押してあげるのが、幸福ですから。人と接していると、生きているって実感出来て……」
「——まあ、そうしなきゃ、『千年』の時を『生きる』ことなんて出来ないわな」
「————そう言う貴方だって、あの子が放っておけなかったでしょう?」

 夕華が言うと、月宮は肩をすぼめて、まあな、と答えた。
 黄泉の花屋の中では、紅茶の匂いが広がっていた。




 カタツバタの花言葉 『幸運は必ず来る』