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Re: 世界を創り出す愛情理論 ( No.11 )
日時: 2012/04/23 19:10
名前: 蟻 ◆v9jt8.IUtE (ID: hTgX0rwQ)
参照: 木原 咲 = きはら さき  朝生ちゃんのお友達

 自分の手をまじまじと見つめる。
 何の変哲もない、普通の手。ただの手。暖かくない手。人と触れ合わない手。そんな、私の手のひら。
 手だけで人が見えるなんて思わない。けれど、自分の手で自分は分かる。私が誰と手を繋いだか、私が誰に手を伸ばしたか、私が誰の手を握ったか。私の手がしてきたこと一つ一つ、頭よりも正確に刻んでいる。
 久しぶりに思い出す、手を繋いで帰る帰り道。あの情景を思い出して、涙が溢れてきそうだ。
 手を繋ぐってどういうことだろう。どういうことだっただろう。手を繋いで世界に立って、お互いを愛し合って。許し合って。信じ合って。そんな関係を築けたらいいんだろうな——人見知りな私が、思うこと。ぶつかっても切れないような糸で繋がってたら、いいのにね。
 でも私は、その内側を見るのが怖くって、へらへら笑っているだけでさ。
 本性を見ることができない。私が誰にどう思われてるかなんて、怖くて見られない。裏切られたらどうしようって思ってしまう。
 はあ。心の中で溜息を吐き出した。しかし私の心から憂鬱という感情が消え去ったわけじゃない。そんな簡単に消え去るものなら、何度でも溜息吐いてやるよ。それはそれで、間抜け面してそうだけど。
 ——ひとりで居ると、余計なこと考えるなあ。
 人が居たらいつも通りに明るく振舞えるのに。私が誰かとぶつかって人を信用することができたら、私はこんなことを考えずに済むのだろうか。何かが起これば、心から笑うことができるのだろうか。


「——あーさきっ」

突然の声に、私の思考は切り替えられた。
 いや、考えるよりも早く、机にもたれていた体を起こして、私の名前を呼んだ人物の姿を見る。

「咲……」
「起きた?」
「いや、起きてたよ……」
「そうなのかー」

と、咲が言うと、私の隣の座席に腰掛けた。 
 さっきまで静寂に包まれていた教室が、いつの間にかとてもうるさい空間へと化していた。まあ、よく寝坊する咲が教室に居るということは、それなりに時間は経っているのだろう。 

「朝生は今日も早いねー。朝に生きるって名前通りだね」
「そっちこそ今日も遅いねー。今日は何があったの?」

いつも通りのお喋りである。朝というのは思ったよりも時間があるものだ。とは言え、咲は来るのが遅いから、話さないことの方が多い。咲が来る時間帯は大体ホームルームの数分前か数秒後である。
 私は、咲に今日遅くなった理由を訊いた。すると咲は、しかめっ面で私を見つめてきた。睨んできたって言う表現の方が正しい気がするんだけど。
 
「それがね、ちょっと聞いてよー! 今日は私早く起きたのに、あの忌々しい弟が寝坊したからー! もう、今思いだしてもむかつくー!」

可愛い顔を歪ませて、弟への怒りを露にする咲。なるほど、あの顔は弟に向けてだったのか。
 咲の家は、お母さんの仕事が休みの時は車で送ってもらっているそうだ。どうりで今日はいつもより早いのか。これでも十分遅いんだけども。