コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- (2)第一話 〜久しぶりの登校〜 其の五 ( No.14 )
- 日時: 2012/06/15 21:46
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n0274ba/7/
店内にはバーカウンターとテーブル席。
ダーツにビリヤードと演壇があり、いつも通りの光景が広がっ——てはいなかった。
カウンター席の付近に手厚い歓迎を受けたのか、数名の屍たちが横たわっていた……。
「いらっしゃい。Heaven’s Gate(天国の門)へ。——って、お前らか……」
バーカウンターでシェイカーを振っていた、チョビ髭のダンディーな中年男性のマスターこと、桜乃父に迎えられた俺たちは店内の惨状に頭を抱える。
「……お父さん、店名間違えてるよ」
「ああ、すまんすまん。だが、うっかり者のお父さんも結構イけるだろぉ?」
「もう、お父さんったら……」
『あはは!』
「何、親子漫才を決め込んでいる。それと桜乃、着眼点はそこじゃないだろ……」
アホ親子のやりとりに苦言を呈しつつ。
俺は床で失神していた客人たちを一人一人、テーブル席のソファーに運んで寝かしつけた。
——ったく、何がHeaven’s Gate(天国の門)だよ。
Hell’s Gate(地獄の門)がお似合いだよ、この店は……。
心の中で愚痴を溢しながら俺はカウンター席に腰掛ける。
「で、慎。何か飲むか?」
「いや、桜乃に頼むから……」
「そう遠慮するな。特別にマスター特製日替わりドリンクをおごってやる」
「ホント、結構です……」
「全く、人のご行為をムゲに扱うとは……。もしや、アノ日か?」
「違います。セクハラで訴えますよ。俺はまだ、死にとうないだけ」
「あはは! 言うようになったぁ〜慎。お義父さんは嬉しいぞ〜。——って、誰がお義父さんだ! 娘は誰にもやらんぞぉ!」
「……はぁ〜」
俺はカウンターに両肘を付け、大きく嘆息を吐いた……。
それは勝手に盛り上がり、勝手に怒り始めたこの残念なマスターに対してだ。
親馬鹿にも程がある。
それと俺がどうしてここまでマスターの行為を頑なに拒むかと言うと、マスターは頭もそうだが舌も馬鹿だった。
それなのにも関わらず、マスターは新たな極致への飽くなき追求心を胸に様々な材料を混ぜたカクテル作りに日々勤しんでいる。
そのため、新作が出来る度に散って逝く人々が大勢いる。
その一人が俺であり、友人の菅谷涼や先ほど床で息絶えていた客人たちだ。
「……全く、そういう事は基礎が出来てからだろうに」
と、日々思う娘と娘の友人代表である俺……。
でも、そんな店でもここまでやって来れているのは、全て娘の桜乃美嘉のおかげ。
彼女見たさに足を運ぶオヤジたちや桜乃が作った料理やカクテルなど目当てに足を運ぶ客人も多数いる。
俺もその一人だが……。
もし、桜乃が居ない時に間違って店に足を運んでしまったら最後。
——即、あの世行き決定ある。
「どうしたの? そんなに大きな声を出して……」
「Staff Only」と、書かれた扉から着替えを終えて出て来た桜乃に自ずとマスターの瞳が輝く。
「……お前こそ、どうしたんだよ」
部屋から出て来た桜乃の姿に思わず俺は絶句した。
「どう見ても、メイドさんでしょ? でも、ただのメイドさんじゃないよ〜。ニャンニャンメイドだにゃん♡」
そう言いながら桜乃は猫なで声で猫の仕草をとった。
そんな彼女は現在、シンプルなデザインのメイド服を着用しており。
その上からでもはっきりと分かる桜乃の程良い肉付きの体躯が服とぴったりと合っていて、黒髪ポニーテールの頭の上にはメイドキャップじゃなく猫耳が付いていた。
そして、腰の辺りから黒い尻尾が生えており、ベビーフェイスである彼女が言うようにニャンニャンメイドと化していた。
「そこの美嘉にゃんメイドよ。写真一枚いいですかな?」
どこから取り出したか分かりかねるが、マスターがデジカメ片手にニャンニャンメイドと化した娘に撮影をせがむ。
「一枚百円だにゃ。ご主人様♪」
「はぁ〜、親子揃って何やってるんだ……」
このやり取りに俺は堪らず頭を抱えてしまう。
——桜乃美嘉。
中学の頃に知り合い、菅谷涼と同じ高校に通っている同級生。
幼い頃からマスターの手伝いをしていて、マスターの提案で始めた客寄せのためにしたコスプレ……。
それがいつの間にか癖になってしまい、現在は自ら進んで様々なコスプレをしている。
先ほどのブサイクな猫の着ぐるみもそうだ。
彼女は純粋にコスプレを楽しんでいる。
そのせいか、コスプレ=私服と変な思考回路になってしまっているため、桜乃と外を出歩くとたちまち奇異な視線にさらされてしまう事、間違いなしである。
そして、桜乃からしたら学校の制服や体操着も貴重なコスプレの一つらしいので、小中学生の頃に使用していた……。
——ちょっとばかし、曰く付きの物まで今でも大事に保管している。
——それと現在。
彼女の髪型は黒髪ポニーテールだが……。
アレは地毛の上に黒髪のウイッグを付けて、その髪をポニーテールにしているにすぎない。彼女はその日の気分、それとコスプレによって種類豊富に持ち合わせているウイッグを駆使して様々な髪型にするオシャレさんだ。
ちなみに桜乃の普段の髪型は茶髪のボブカットで、この髪型も短い方がウイッグを付けやすいからだそうだ。
けど、ただただ短い髪型は彼女のオシャレ道に反するらしくて、最終的にボブカットに落ち着いたようだ。
「なぁ〜桜乃。今日のオススメは?」
アホ親子による撮影会がちょうど終わった頃を見計らって、俺は正面にある壁掛けメニュー表を眺めながらそう尋ねた。
「う〜ん。ニャンニャンオムライスかにゃ?」
「……オムライスね。じゃ〜それにサラダとドリンクのセット。ドリンクはいつものヤツで」
「了解だにゃん」
キャラに入りきった桜乃は俺の注文を承った後にキッチンの方へと向かった。
「そういえば、慎。——今日、試合でもあったか?」
「はぁ? 試合って……。——俺、帰宅部だけど……」
「違う違う。そんなチンケな試合ではない。——こっちだ、こっち」
と、マスターは徐に中指と人差し指の間に親指を挟んでこちらに提示する。
ちょうど冷水を口に含んでいた所に、その手を見せられてしまい、俺は堪らず噴いてしまう。
「な、何言ってんだよ。エロオヤジ!」
「エロオヤジは認める! だが、一戦交えたばかりの生臭い小僧にだけは言われとうないわ!」
「ったく……。それなら証拠はあるのかよ、証拠はよ。——俺がマスターの言う、一戦を交えたって言う証拠」
「ふはは! 慎よ。貴様が身に付けているマスクを見てみろ。しっかりとした証拠が残されている!」
勝ち誇ったような態度で言ったマスターの言葉通りに俺はマスクを外して、見てみた。
すると、マスクに薄紅色の線が入っていた。
「……何だ、コレ?」
「見て分からんのか。ふん、まだまだガキだな……。それはどう見ても口紅だろう」
「口紅? 何で、また俺のマスクに——あっ」
「どうやら思い当たる節があるようだな」
マスターの言う通り、俺には心当たりがあった。
生徒会室での一件が真っ先に頭に浮かんだ俺は会長の事を不可抗力とは言え、ソファーに押し倒してしまった。
そして、あの時に会長に付けられてしまったんだ、と踏んだ。
だから、クラスメイトたちや教師ならびに摺木が俺に対して蔑視にも似た視線を向けていたんだ。
俺のマスクに付着していた薄紅色の線を口紅と判断し。
マスターが言う「一戦」を交えたのだ、と勘違いされたのだろう。
——ん?
ちょっと待て……。
俺はマスクに口紅が付いている事を知らずに、ここまで何食わぬ顔をして人通りの多い所を歩いていたのか……。
それってつまり……。
うっ……。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
思い出して恥ずかしくなった俺は頭を抱えながら店を飛び出してしまった……。
「お待たせしました〜ご主人、様……? ——あれ? お父さん、慎くんは?」
「ふぅ〜。慎なら、一足先に大人の階段を上がったよ」
「?」
【わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!】
「な、何? 今の声……」
——しばらくの間、謎の叫び声がこの地域一帯に響き渡った……。