コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

(1)第二話 〜阿鼻叫喚の宴〜 其の一 ( No.15 )
日時: 2012/06/16 21:58
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n0274ba/8/

 「慎く〜ん。おいしい?」
 「……おいしゅうございます。美嘉にゃんメイドさん」

 カウンターに頬杖を付きながら話しかけて来た美嘉ニャンメイドさんにその旨を伝えつつ、俺は「にゃんにゃん♡」とケチャップで描かれていたオムライスを淡々と食べる。
 店先でおがっていた事を誰かに通報されたのか、駐在所の愉快な仲間たちに連行された俺は口の中に拳銃を突きつけられながら、

 「次、叫んだらぶっ放すぞ、兄ちゃ〜ん♪」

 と、脅されて、涙ながらも無事店に帰還したのだった……。

 ——うめぇ〜。オムライスがこんなにも美味い食べ物だったとは……。

 俺は涙を流しながらオムライスを必死に口の中に掻き込む。

 「ねぇ〜。涙ぐむ程に不味かったのなら、そこまでして食べなくても……」
 「違うんだ、桜乃……。オムライスが美味くて美味くて……」
 「だったら、何で涙ぐんでいるの?」
 「——生へのありがたみのため、かな」
 「……意味が分からないよ」

 頬杖を付いたまま桜乃は大きな嘆息を吐く。
 そして、そのまま業務に戻って行った。

 業務と言っても未だに気絶したままの客人たちの介抱だ。
 俺がこの店に来て以降、誰も客は入っていない。
 だから、暇を持て余したマスターはいつも通りに新作のカクテル作りに勤しんでいる。

 ——あっ、そういえば。昨夜、俺の身に何が起こったのか、まだ聞いてなかったな……。
 今日、この店に来たのはそれが目的だった。
 もちろん、夕食にありつくと言う大義名分も忘れずに、な。

 「なぁ〜、マスター」
 「何だ? 生臭坊主」
 「……昨日、俺の身に何があったんだ?」
 「ふむ、それはだ——」

 「たっ、助けてっ! マスター! 美嘉ちゃん!」

 命からがらここに辿り着いたと言わんばかりに必死の形相で突然、店内に入って来た見慣れた制服姿のチャラ男がマスターの話を遮りやがった。

 チャラ男はこちらに来ないで息を上げながら扉を決死に押え込む。
 何故、彼が扉を押えているのかはこの時分からなかったが、しばらくして扉の外から激しいアプローチが店内に轟く。

 【ドンドンドン!】

 【す〜が〜や〜く〜ん。ちょ〜っと、ツラ貸せや!】

 と、激しいノックの嵐に交じって、聞き覚えのあるドスの利いた低い男性の声が聞こえた。

 「ちょっ、ちょっと。皆、見てないで僕を助けてよ!」

 状況が理解出来ずに静観していた俺たちに涼は助けを求めて来たが、俺たちはそのヘルプの声が聞こえなかった事にして、各々のやるべき事に勤しんだ。

 ——ああ、このオムライスはホント、美味いぜ……。

 「ちょいちょいちょいっ! 無視しないでよ!」
 「お客人、うるさいぞ。営業妨害だ」
 「営業妨害も何もここには無銭飲食者しかいないじゃないか!」
 「失礼な奴だなぁ〜。俺は無銭飲食者ではない。タダ飯食らいだ!」
 「それを無銭飲食者って言うんでしょうよ! 美嘉ちゃ〜ん、助けて〜。君だけが頼りだよ〜」
 「えっ! 私!?」
 「そう、美嘉ちゃんはこの世界に舞い降りて来たたった一羽の天使でしょ?」
 「天使じゃなくて、ただの一般市民なんだけどな……。——うん、分かった。店先で騒がれたらお客さんが来なくなっちゃうからね」

 店の事を考えて渋々ながら涼の助太刀を了承した桜乃は激しいアプローチを繰り広げる扉の外にいる人物と相対せんとゆっくりとした足取りで扉に近づいて行く。
 涼とアイコンタクトを交わした桜乃は涼を扉から出来るだけ遠ざけてから、外の猛獣を店に招き入れた。

 「菅谷ぁ!」

 怒号を上げながら入って来た猛獣こと駐在所勤務の強面男性は、目の前に桜乃がいる事に気付き、先ほどまでの威勢はどこへやら一瞬にしてフリーズする。

 「や、やぁ〜。美嘉ちゃん、今日も可愛いねぇ〜」

 片言ながらも桜乃にだけ愛想良く振る舞う強面男性の額からは物凄い量の汗が滲み出ていた。

 「——お巡りさん」
 「は、はい! 何でありましょうか!」
 「めっ! だよ」
 「了解しました!」

 桜乃のお叱りの言葉(?)に強面男性は綺麗な敬礼を決め込んでから、そそくさと店を出て行き、菅谷涼は事無きを得たとさ……。

 「さっすが、美嘉ちゃんだよ〜」

 「ふぅ〜」と安堵の表情を浮かべながら涼は桜乃の功績を褒め称え、俺の隣の席にゆっくりと腰掛けた。

 「——で、何で市民を守る立場であるポリ公に追いかけ回されてたんだ?」

 俺は少々呆れながら事の経緯を尋ねる。

 「聞いてよ。それがさぁ〜、ここに来る時に可愛いおんにゃにょ子がいたもんだから、僕は欲望に従ってその子に見惚れてたんだ。すると【パーン】って乾いた音が鳴ったもんだから、何事かと思って振り向いたら駐在所の愉快な仲間たちの一人がいて、不気味な笑みを浮かべながら『次は当てる』って呟いて、目の前で実弾を込め始めたもんだから急いで走って来たって訳さ。——ホント、そこら辺のホラー映画よりも怖かったよ……」
 「何て言うか……。お前が悪いな」
 「何でさ!」
 「何となく、な……」
 「何となくで殺されてたまるもんか! 僕たちのやり取りで驚いた通行人のお爺ちゃんの入れ歯が犠牲になったんだよ!」
 「それは、まぁ〜アレだよな。心臓麻痺にならなくて良かった……よな」
 「全くだよ……って、ちが〜う! 僕の心配してよ!」

 「涼くん。偉い偉い、良く頑張ったね」

 何を思ってか突然、桜乃が微笑みながら涼の頭を撫でて、慰め始めた。
 恐らく、涼があまりにもうるさいから遠まわしに「黙れ」と言っているのだろう。

 「……グスン。美嘉ちゃんだけだ——よ?」

 どさくさに紛れて涼は自分の事を心配してくれた桜乃の胸に飛び込もうとした所をマスターがお盆で壁を作り、それを阻止。

 「あれ? 美嘉ちゃんって案外胸板が厚いんだね〜。もう少し、やらかいイメージだったんだけど……義乳なの?」

 和やかな表情を浮かべながら涼はお盆に頬擦りをして、その感触を堪能していた。
 傍から見ればおかしな光景である事には間違いないが、ここはもう少しだけこの馬鹿げた妄言に付き合う事に。

 「え? そうなのか?」

 調子を合わせた言葉を述べつつ、俺は桜乃にアイコンタクトを送る。
 桜乃は少し不愉快そうな表情を浮かべていたが、俺と笑いに理解あるマスターの必死の説得に応じ、渋々ながら彼女は頷いてくれた。

 「——う、うん。皆には黙ってたけど、私……モリぽよ少女なの」

 胸を腕で包み隠し、恥じらいながら述べた桜乃の迫真の演技に俺とマスターは親指を立てて褒め称える。

 「モリぽよ少女って、また斬新なお言葉を……。だけど、こんな見せかけだけの冷たい胸より温かみのある慎ましい胸の方が僕は好みだ——よ?」

 お盆に頬擦りをしながら格好良い(?)セリフを述べた涼は決め顔をしようと顔を上げると、そこでようやく違和感に気付いてくれた。

 「——って、これ、盆っ!!」

 怒りを露わにしながらマスターから強奪したお盆を涼はその腹いせとばかりに床に向けて力の限りに叩きつけ、お盆を粉砕してしまう。

 「あ〜あ、これ弁償だな〜」
 「お客さ〜ん。困りますな〜」
 「もう、慎くんとお父さんが私に変な事をさせるから……」
 「皆して僕を騙すなんて、酷い! 僕の純情を返せ!」

 涙ぐみながら悔しそうにカウンターに拳を叩きつけた涼に俺は「ポン」と優しく肩に手を置いて、そっとなだめる。

 「酒場で良くある光景だよなぁ〜」

 と、心に思いながら涼が立ち直るまで——って、元を辿れば全て俺たちのせいだが、そんな事はとうの昔に忘れて元気付けてやる事にした……。