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第一章 〜死にたがりの少女と女王様の戯れ〜 其の五 ( No.17 )
日時: 2012/06/14 23:31
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n0270ba/10/

 「——お〜い。キサラく〜ん。生きてるか〜。お〜い」

 誰かが僕の事を呼んでいるみたいだ。
 だけど、何だろう右頬が妙に痛い。
 それに頭がクラクラする……。
 少し陰鬱ながらもゆっくりと瞳を開けると、そこには中腰姿で僕の事を見つめる男子生徒がいた。

 ——コイツ、誰だっけ……?

 佐藤くん?
 それとも、鈴木くん?
 ああ、高橋くんだっけ?
 男子生徒の名前を思い出せないまま、僕は身体を揺らしながらゆっくりと起き上がる。

 「大丈夫か? キサラ」

 心配そうに男子生徒は僕(?)に声を掛ける。
 が、しかし「きさら」って誰の事だ?
 僕の顔を見ながら呼んでいるのだから僕の事なんだろうけど……。

 ——一応、返事をしないと、な。

 「ああ、大丈夫だよ。えっと——田中くん?」

 首を傾げ確証がないながらも男子生徒の名前を呼ぶと、どうしてか彼に抱きつかれてしまった。

 ……え?
 どういう事?
 僕はこの男子生徒とはどういった間柄なんだ?

 男同士が抱き合うなんてよっぽどの事だぞ。
 男子生徒にされるがまま、身を委ねていた僕の瞳から自ずと何かが零れ落ちてきた。
 現在の自分の心情がどういったモノなのか、分からなくなってしまっている。

 悲しいのか?

 嬉しいのか?

 それとも……。

 【ドクン】

 ——あれ?

 胸が痛む……。
 何だろうか、この胸の痛みは……。

 これは「もしかして」と言う奴か……?
 この道筋を辿ればどこに行き着く?

 ……分からない。

 分からないけれど、何か大切なモノを多く失いそう。
 だけど、それでも自分の感情には素直にならなきゃならないよ、な……。
 僕は自分の「気持ち」に素直になって。この変な流れに身を委ね、未開拓地への道筋に沿って進む事にした。

 ——ああ、一体どうなる事やら……。

 「——何、男同士で抱き合ってるのよ。……気色が悪い。——ペッ!」

 不愉快そうな表情を浮かべ、蔑視を僕たちに向けながら吐き捨てるセリフを述べられた、彼と顔がそっくりな女子生徒が、僕の視線の先で立っていた。

 ……何だ、この女子生徒。
 僕たちの間柄に嫉妬しているのか?
 これだから、現実
リアル
は……。

 僕は愚かな現実に失望して大きく嘆息を吐く。

 「——僕と相棒の邪魔すんじゃねぇ〜。このそっくり女!」

 「シャ〜」と、威嚇をして僕は女子生徒を追い払おうとしたけれど、効果は無く。
 逆にそれが癇に障ったのか、さらなら仕打ちとばかりに表情に凄みを持たせ、汚いモノを見るような眼差しで凝視されてしまった。

 すると、女子生徒が何を思ってか、今度は不気味な笑みを漏らし。
 徐にスカートのポケットから「ガサガサ」と何かを取り出した。
 彼女が手に持つそれに目をやると。
 そこにはドクロのマークが描かれた怪しげな瓶があった。

 ——なっ、なんだ、あの茶目っ気たっぷりな代物は!

 はっ!
 もしかして、あれで僕たちの絆を確かめようとしているのか?
 僕が飲めば僕の勝ち。
 逆に飲まなければ僕の負け。
 もちろん、勝者に贈呈されるのはこの男子生徒って事なのだろう。

 良いだろう。
 その勝負受けて立ってやる。
 どうせ、中身は普通の飲料水だろうからな。
 僕は未だに抱擁してあっている相棒の事を名残惜しみながらも引き離し。
 そして、怪しげな瓶を手に持つ女子生徒の事を見据えた。

 「僕は君のためにこの勝負……勝ってみせるよ」

 親指を立てて、今の僕が持てる最高の笑顔を相棒に投げかける。
 相棒は僕の言葉に首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべていた。
 けれど、僕にはその意図が理解出来ていた。

 ——そう、彼は知らない。

 僕と女子生徒の間でまさか自分を取り合っての勝負が繰り広げられようとしている事を……。
 だけど、それがどうしたと言うのだ。僕は相棒のために勝つのみ。

 さぁ〜勝負だ、女子生徒!

 僕は女子生徒が持つ怪しげな瓶を奪い取るような形で受け取り、蓋を開ける。
 すると、紫色の煙が「モクモク」と溢れ出てきた。

 ……ふ、ふん。だからどうだと言うのだ。

 どうせ、グレープジュースの中にドライアイスを入れたモノをこの瓶に詰め込んでいて、開けた瞬間に 紫色の煙が出る様になってるんだろ?

 ——ったく、ひやひやさせやがる。

 この怪しげなモノを作った生産者はなかなかの凝り性だとみた。

 だが、僕には全てお見通しだ!

 僕は腰に手を置いて、風呂上がりの牛乳を飲む要領で怪しげな瓶の中身を「グビグビ」と喉を鳴らしながら、一気に飲み干してやった。

 【ゲフッ!】

 と、心なしか。
 紫色のゲップが口から出たような気がしたが……問題無いだろう。
 僕の飲みっぷりに女子生徒は驚いたのか、口を開けて間抜け面をさらしていた。

 ふん、どうだ女子生徒よ。
 まさか、僕が飲むとは思わなかっただろ。
 だが、勝負は勝負。潔く身を引いてもらうぞ、この泥棒猫がぁ!

 そう勝利を確信した瞬間。


 ——僕は床に膝を着いて倒れていた……。

 ……ど、どういう事だ?
 身体が重い。
 それに視界が微妙にぼやけて来る。

 「まさか」と思いながら僕は女子生徒に視線を向けると、そこにはぼやけた視界の中でもはっきりと分かるぐらいに口元を歪め、凄惨な笑みを浮かべる彼女の姿があった。
 そんな女子生徒の姿を目の当たりにした僕はようやく状況を理解出来た。
 あの茶目っ気たっぷりの代物は本物だったのだと……。

 しかし「時すでに遅し」とはこの事なのだろう。
 徐々にではあったが意識がもうろうとしていた。
 そして、最後の力を振り絞って女子生徒に腕を伸ばしてみたが、届く事は無く。
 僕はそこで力尽きてしまった。

 ああ、勝負には勝ったが結果では負けたって事か……。

 ——虚ろいで行く意識の中で少年は無念さを残して気を失った……。


 ——しばらくして。

 目覚めた少年は何を思ってか、奇声を発しながら一直線に窓に走って行き。
 三階である教室から飛び降りようとした所をクラスメイトたちが慌てて、取り押さえ。
 その少年は事無きを得たとさ……。