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(1)第二章 〜死にたがりの少女と天真爛漫少女〜 其の一 ( No.20 )
日時: 2012/06/17 21:32
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n0270ba/13/

 息を切らしながら僕は必死に走っていた。
 少し滑る廊下に足を取られながらも僕は走る……。

 ——いや、走らなければならない。

 僕は見てしまったのだから。
 その時。
 その瞬間をリアルタイムで垣間見たのだから、もう他人事では済まされない……。

 だけど、もし時間を遡れるのなら事が起こる前に戻りたいと切なに願う。
 けれど、それは叶いもしないただの戯言にすぎない。

 でも……でもっ!

 僕は思考停止、現実逃避をしないで考えを巡らせながら現場に直行する。
 その間にずっとループのように流れる彼女の表情が脳裏から離れなかった。

 時雨悠が飛び降りて行く様を目の当たりにした時——情けない話だが、僕は動けなかった……。落ちて行く彼女と目が合った瞬間、自ずと身体が震えた。
 何も感じられなかった。熱気も冷気も生気すらも何もかも感じられなかった。虚無と言う言葉が一番合っているんじゃないか、と思わせるほどに何も感じられなかった。

 僕は当初、人形が上から落ちて来たんだと思ったが、そうじゃなかった……。
 彼女が僕と目が合ったと言う事を分かっていたのかは定かではないが、無表情だった彼女の表情に一瞬ではあったが、艶やかな笑みが零れたのだ。

 その瞬間、人形じゃないって事が分かるや否や身体が震えた。
 そして、あの笑みが不気味でしょうがなかった……。

 なぜ、笑う事が出来る?

 どうして、そんな表情が出来る?

 分からない……。僕には分からない。理解出来なかった……。
 だけど、今はそんな事はどうでもいい。今の僕が出来うる最善の策を講じるだけだ。

 「時雨ぇ————!!」

 僕は叫んだ。
 何の意味もない叫びかも知れなかったが、何かを叫ばずにはいられなかった。
 いや、ただ心につかえている何かを吐き出したかったのかも知れない。
 けれど、僕はもう一度叫ぼうと思う。
 もう、そこまで来ているのだから……。

 「時雨悠ぁ——————!!!!」

 息を切らし、身体を揺らしながら僕は現場に到着した。
 しかし、視線は地面に向けたままで彼女の事をまだ見れていない。
 一、二回深呼吸をして気を引き締めた僕はゆっくりではあるが、視線を彼女が横たわっているであろう前方の花壇に向ける。

 「……あ、れ?」

 目の前の景色に僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう……。
 そこにあるはずのモノがなかったからである。
 彼女——時雨悠の遺体がどこにもなく、ただそこにあるのは何も変わらず咲き誇る花壇の花々だけだった……。

 ——どういう事だ?

 見間違いで済むような話じゃないはず。
 いや、そもそも見間違えるはずがないだろう。
 この目で全てを目の当たりにしたのだから……。
 だったら、あるはずのモノはどこへ消えた?
 顎に手を添えて考えていると、

 【ドスン!】

 と、低く鈍い大きな音と共に花壇の花びらが舞い上がり、紅い血液を流しながら横たわる時雨悠が目の前に突然、姿を現した。
 舞い上がる花弁がまるで空から堕ちて来た天使さながらの様相だった。
 僕は堪らず膝を着いて崩れ落ち、そして——嘔吐した……。

 情けない姿かも知れない。
 しかし、今はそんな事はどうだっていい。
 今、起こった事は一体どういう事なんだ?
 彼女は一度、死んだはず……。だけど、また上から降って来て目の前でまた息絶えた……。

 時雨悠の身に何が起こっている?

 ずっと直視は出来ないものの彼女の事を見ていると唐突に彼女の身体の周りに淡白い発光物が発生し、身体を包み込んだ。

 何が起こったか分からず呆然として眺めていると、淡白い発光物と共に彼女の身体は綺麗さっぱり跡形もなく消え去ってしまい。
 僕は慌てて辺りを見渡したが跡形もなく消えており、彼女が落ちた衝撃で萎れていた花壇の花々が何事もなかったように再び咲き誇っていた。

 何なんだよ、一体……。

 何が起こったのか理解出来ず嘆いた僕は徐に天を仰ぐ。
 すると、見上げた先から何かが降ってくるのが視認出来た。

 いや、もう目の前に迫る勢いで降って来ていた。
 そして、それが何なのか瞬時に理解出来た僕は咄嗟に両手を大きく広げて上から降ってくる彼女を——時雨悠を受け止める態勢に入る。

 無謀かも知れない……。
 上から落ちて来て勢いが乗っている人間を受け止めようとするなんて……。
 でも、やるしかないだろ?
 もう、巻き込まれてしまったのだから……。

 半ば開き直りのように覚悟を決めた僕は上から降ってくる彼女を見据える。
 その瞬間、強烈な衝撃と共に彼女が僕の腕の中に収まり、僕は彼女を抱えたまま背中から地面に叩きつけられてしまう。
 背中を思いっきり鈍器で叩かれたような衝撃が走り、僕は思わず表情を歪める。

 だけど、悲痛の叫びは上げないように歯を食いしばって耐える事にした。
 彼女が受けた痛みはこんなものでは済まされないだろうから……。
 時雨は僕の腕の中で身体を震わせており、その震えが僕にも伝わって来る。
 彼女が何者かは知らないが、誰だって死ぬのは怖いさ……。

 「……生きてるかぁ〜?」

 僕は何気ない感じで彼女に安否を投げかける。
 ホント、つくづくおかしな対応だろう……。

 「……アナタは馬鹿なの? それともFool(フール)なの?」

 顔を僕の胸にうずめながら淡々とした口調で述べた彼女の言葉に僕は「くすり」と微笑む。

 「——それ、どっちも一緒だ。……ったく、無事みたいだな」

 まだ身体を震わせているものの、あの毒舌が健在なのを確認出来て少しホッとする。
 しかし、背中が痛い……。
 人間、慣れない事をするとダメだな。

 「さてと——そろそろ帰るか……」

 僕が何気なく発した言葉に時雨は顔を上げてきょとんする。
 本当に拍子抜けしたのか、間の抜けた表情が少し笑らけてくる。

 「おいおい、まさか歩けないって言わないだろうな?」

 少し茶化すように述べた言葉に何を思ったのか、時雨はほくそ笑み。
 そして、僕から身を退いて立ち上がった彼女は相変わらずツンケンした態度ではあるが、頬を紅く染めながら徐に僕に手を差し伸べた。
 僕はその手に捕まり、少し痛む身体を労わりながら立ち上がる。

 「——じゃ〜帰るか」

 僕の言葉に時雨は何も言わず小さく頷いただけだったが、それを見て僕は歩き出す。
 彼女も僕に釣られて歩き出し、僕の少し後方を黙々と歩く。

 だけど、どこか納得がいっていないと言わんばかりに後方から「ジロジロ」と時雨は僕の事を監視しており、僕がその妙な視線を感じて後ろを振り向く度に彼女は少し慌て気味に平然を装うが……バレバレである。

 ホント、そんな事をしていると聞きたくなるだろう……。

 しかし、こうして後ろからついて来ている時雨悠を見ていると「ごくごく普通の女の子なんだなぁ〜」と思う。
 けど……一体何者なのだろうか?

 まぁ〜気を遣って何も聞こうとしない僕もおかしな類の人間なのかも知れない。
 先ほどの事を何もなかったかのように彼女と普通に接しているのだから……。
 だけど、時雨は本来の調子じゃないような気がする。
 なんつうか、しおらし過ぎる。

 僕に正体がバレて猫を被っているのか?
 それとも迷惑を掛けたと思って反省しているのか……?
 素直に反省なんてするような玉じゃないような気がするが、果たして今の彼女は一体何を考えているのやら……。

 僕はまた、時雨が僕の事を「ジロジロ」と監視しているだろうと思い、嘆息交じりに後ろを振り向く。と、そこには僕が思っていた光景は無く遥か後方で彼女——時雨悠が道端で倒れ伏せており。
 その姿を視認した僕は思考より先に行動に出ていた。