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(2)第二章 〜死にたがりの少女と天真爛漫少女〜 其の一 ( No.21 )
日時: 2012/06/17 21:34
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n0270ba/13/

 荷物などを投げ飛ばして彼女の元へと駆け寄った僕はすぐさま何かの媒体から得た知識をうろ覚えながらも懸命に施してみる。

 ……うん、息はしているようだ。

 時雨の細い手首を握りながら口元に耳を傾け、不謹慎ではあるが彼女の生存確認をした。
 しかし、勢い任せとはいえ……目の前には時雨のほんのり朱に染まった艶やかで柔らかそうな唇がそこにあった。顔を近づけているせいで心なしか彼女の息がかかる。

 ——はっ!

 んな事を考えている場合じゃない。時雨を運ばないとな……。
 僕は急いで彼女を背負う事にした。

 ——うおっ!

 柔ら——軽いなぁ〜。うん、実に軽い。それにほのかに甘い良い匂いがする……。
 ああ、そうだな。うん、分かってるよそんな事……。認めてしまえばいいんだろ?

 ——僕は水無月姉弟の言う通りムッツリスケベです!

 いや、やっぱり認めんぞ!

 それならオープンスケベと呼ばれる方がいくらかマシだ。ムッツリスケベは何だか陰湿な感じがする。だが、どうだ。オープンスケベなら爽やかな感じがするだろ?
 だが、オープンスケベが爽やか判定されるのはごく一部の人間に限る、ってか?
 枠外の輩が表明しようものならただのセクハラ野郎に成り果ててしまうから要注意だっ!

 ……さて、時雨を背負ったのは良いが——どこに運べば良いんだ?
 彼女の家って言っても……場所、知らないし。

 ——ふむ、困った時に頼りになるあのネコ型ロボットが恋しくなるなんて思わなんだ……。

 まぁ〜どうにかなる、か……。
 どうせ、無難に僕の家に運ぶ事になるんだろうからさ。
 んで、運び終えて僕の家で目覚めた時雨に有らぬ容疑を掛けられて引っ叩かれる画が凄く浮かぶなぁ〜。

 ……はぁ〜。

 自分で愚かな妄想をして憂鬱になった僕は「トボトボ」と時雨を背負いながら家路を辿る。
 夕日も沈み。
 すっかり、辺りも暗くなり、街灯がちらほらと点灯し始める。

 時間帯的に通勤者の方々が帰宅し、これから家族団らんで夕食と言った所だろうか。
 どこからともなく和気藹々とした会話などが聞こえてくる……。
 僕も急いで家に帰ろう。家族団らん、和気藹々などと言った和やかモノが待ち構えている訳ではないが、彼女を早く安静に出来る場所で寝かしつける方が良いだろ。

 それに陽も沈んで春先ながらもやはり肌寒いしな。
 でも、背中だけは暖かかったりする。
 時雨悠と言う名の暖房器具を背負っているから……。

 少し下がってきた彼女の身体をしっかり整え、家路を急ぎつつも起こさないよう落とさないよう細心の注意を計って慎重に歩く。
 家路の途中にあるスーパー前で少し人が多くなり、僕のこの状態に「こそこそ」と話しながら奇異な視線を投げかける人物たちが気にはなったが……。

 ——出来るだけ気にしないようして淡々とした足取りで先に進む。

 しばらく歩いてからようやく見えて来た——とある三階建ての一軒家……。
 門札には「衣更着」と表記されているが、間違いなく僕の家である。
 別にこれでも「キラサギ」と読めるし、陰暦の二月もこの字で書く事もあるようで……。

 だけど、一見さんには少々分かりづらいだろうな。
 ユーモラスな姉が——うん、阿呆な姉が奇をてらって施したようだが、はっきり言って迷惑極まりない行為である。

 ……ったく、そんな姉と現在二人暮らしの家に初めて招いた客人を二階にある僕の自室に運び、そこにあるベットに寝かしつけた。
 もちろん、しっかりと毛布を被せて……。

 「ふぅ〜」

 と、一息吐きながら、僕は一階にある台所に足を運んで冷蔵庫チェックをする。
 特に意味はないのだけど、染みついた習慣みたいなものだ。

 ——ふむ、これと言ったモノはないな……。

 ゆっくりと冷蔵庫を閉じた僕は隣の居間に向かい、徐にテレビを点けて腰を下ろす。
 別に見るモノはないのだが、これも習慣のようだ。
 テレビから流れる音をBGMにするのも悪くないだろ。

 さてと、BGMを聞きながら時雨悠の事をどうするか、考えないとな……。
 テーブルに両肘を付けた手に顔を乗せて、恋煩いをした乙女然とした態度で僕はボーっとしながらも思考を巡らせる。

 時雨のあの変な特異体質は一体、何なんだろう……。
 確かにこの目で彼女が死ぬ様を見たはずなんだ。

 だけど、現場に行ったら何もなく、気が付いたら彼女が血を流して横たわっているし、突然変な光に包まれて消えるわ……。
 また、上から降ってきた所を捕らえたのは良かったとは思うが……果たして助けてしまって本当に良かったのだろうかと悩んでしまう……。

 本来ならそれが当たり前の行動である事は確かなのだが——時雨悠が発したあの問題発言が気になるからかも知れない。
 でも、あの場面で助けなければ僕は後悔してたと思うし、第一後味が悪いだろ。

 ……うん、これで良かったんじゃないか?

 自分に言い聞かすように何度も繰り返して同じ言葉をリピートして、途中から何が何だか分からなくなり、僕は頭を掻きながらテーブルに項垂れてしまう。
 はぁ〜、これで終わりって事はないんだろうな……。
 これはただの気休めでしかないのかも知れない。彼女が死にたがっている限り、ね……。

 しばらくボーっとしていると、突然上から、

 【ガタ!】

 と、物音がした。
 もしかしたら、彼女が目を覚ましたのかも知れない。
 謎の物音は徐々にではあったが近づいて来ており、それが足音だと分かった。

 【スタスタスタ】

 と、近づいて来る足音に若干ビクビクしながら待ち構えている僕がいる。
 目覚めた彼女が第一声に何を言い出すかが怖かった……。
 たぶん、いや確実に罵声を浴びさせられる事だろう。

 「私の清やかな身体がドット汁に汚されてしまったわ」

 何て事を言われそうだ……。

 【カチャ!】

 と、廊下側から居間に通じる扉のドアノブが音を立て。
 その音を聞いた瞬間、僕は反射的に身構える。
 ゆっくりと開かれた扉からは案の定、不機嫌そうな彼女の姿が現れた。

 ——さぁ〜ドンと来いっ!


 「——おはよう。お兄ちゃん」

 「……え?」

 眠たそうに目を擦りながら時雨悠が居間に「とことこ」と入って来て、僕の予想を遥か彼方上を行く結果となり。
 僕は思わず自分の頬を強めにつねった……。