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- (1)第二章 〜死にたがりの少女と天真爛漫少女〜 其の二 ( No.22 )
- 日時: 2012/06/18 22:57
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n0270ba/14/
時雨は少し眠たいのか、目を擦りながらゆっくりとした足取りで、さも当たり前かのように僕の隣にちょこっと、座り。口元を恥ずかしそうに隠しながら欠伸をした。
ど、どういう事だコレ……。時雨悠の新たな戦術か何か、か?
嗜好を変えて僕があたふたする姿を見たいって事か?
動揺の色を隠せない僕に気付いた時雨が不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げ、こちらを見つめる。物凄い、あどけない表情で……。
な、何なんだ! アノ無垢なる表情はっ!
ほけ〜っと、少し口が半開き状態で物欲しそうな表情をさらす彼女を目の当たりにして、僕はさらに動揺してしまう。
——いかん、いかん……。
これは時雨悠の策略だ。きっと僕がこのように動揺している所をアノ無垢なる表情の仮面を被った下では凄惨な笑みを浮かべているに違いない。
「ゴホン」と、僕は一拍間を開け。彼女の化けの皮を剥がす事にした。
「——おい、転入生……。僕にはそんな芝居は通用しない。さっさと元に戻れ」
「……え? 急に何を言い出すの? ——お兄ちゃん」
「急なのはどっちだよ。早く、その変な妹口調はやめろ」
「イモウトクチョウ? 私は元々こんな話し方だよ、お兄ちゃん」
「ちょっ……ホント、やめてください転入生! いや、時雨様!」
僕は早々に心が折れて妹口調の時雨に土下座をする。
——あの表情がイケないのだ。そう、あの表情さえなければ……。
彼女の穢れの知らない無垢な表情に屈した僕は悔しさのあまり、床に拳を叩きつける。
僕が苦言を呈する度に時雨は首を傾げながら呆けた表情を浮かべ、上目遣いで僕の目を——その奥までも見透かしているようなつぶらな瞳で見つめられた日にゃそりゃ〜もう……。
「お兄ちゃん。お腹空いたぁ〜」
足をバタつかせてご飯をせがみ出した時雨にどうしてか僕は怒るに怒れなくなり、彼女の言う通りに身体を動かしてしまう。
「——宅配で良いか?」
「うん! ピザが良いな〜」
「……了解」
宅配用のチラシを片手に注文をしようとしたら時雨がこちらに駆け寄って、僕からチラシを強奪し、勝手にメニューを決め始めた。
——はぁ〜、何て言うか本当に子供になっているかのような感じだな。
ホント……ここまで出来るなんて恐るべし時雨悠の演技力、と言った所か?
「決まったか?」
「うん! これが良い!」
時雨は嬉しそうにメニュー表に載っているとあるピザを指さす。
僕は角切りのじゃがいもやらツナが入った子供向けの物を頼むのかなと踏んでいただけにそれを見て少し拍子抜けしてしまう。
彼女がモッツァレラ、バジル、トマトのシンプルかつ渋めなマルゲリータピザを指さしていたからだ。
「はいはい、これね。飲み物は?」
「お家にある物で良いよ」
「了解」
僕の傍らに立つ時雨を横目で見ながら僕はピザの注文をする。少し混んでいるようでなかなか電話が繋がらなくてひやひやしたが、ようやく繋がり無事注文を済ませた。
ゆっくりと受話器を置き、一足先に先ほど座っていた場所に彼女は座っており、僕もその隣に足を進めて腰を下ろす事に。
「四十分ぐらい掛かるってさ」
「うん、分かった!」
そう元気に返事をすると時雨はテーブルの上に置いてあったテレビのリモコンをイジり始め、チャンネルをコロコロと変え始める。
——ったく、子供なんだか大人なんだか分からなくなって来るな……。
微笑ましい光景を眺めながら僕はある事に気付いてしまう。
いつの間にか、時雨悠の術中にはまり、さも当たり前のように妹口調と化した彼女と接している事に……。
ホント、僕って奴は……。
「——で、転入生。アンタの目的は何だ?」
「目的って、聞かれても……お兄ちゃん家でピザをご馳走になる、事?」
「ああ、いい。質問を変える。——アンタは何者だ?」
「何者って聞かれても——時雨悠(しぐれゆう)以外の何者でもないよ」
「いや、名前を聞いてるんじゃ——って、え……?」
今、何て言った?
時雨悠(しぐれゆう)って言ったか?
「ハルカ」じゃなく「ユウ」って……。
確かに「ユウ」とも読めるけどさ、そこまで手の込んだキャラ設定だったのか?
もう、訳が分からないぞ……。だが、時雨が頑なに妹キャラを貫き通すなら僕だってこの変な流れに乗らない訳にはいかないだろ。たとえ、これが彼女の罠だったとしても……。
「……分かった。もう、何も聞かないよ。えっと——」
「悠(ゆう)だよ。分かった? お兄ちゃん」
僕が彼女の事をどう呼ぼうかと悩んでいたら先方からそんな提案をされて仕方なく……。
いや、もう——彼女の策略に乗っかったのだから恥ずかしながらも時雨の事を名前で呼ぶ事に決めた。
でも、その前に一つ。悠に苦言を呈さないと、な……。
「——分かったよ、悠。それと『お兄ちゃん』はやめてくれ。身体がむず痒くなる」
先ほどから僕の事を「お兄ちゃん」なんて呼ぶもんだから全身痒くて仕方がなかった。
何なんだろうな、この変な痒みは……。
「じゃ〜瑞希ちゃん」
と、もう即決したのか僕の事をそう呼んだ。
——って、
「結局『ちゃん』付けかよ……」
「……嫌? ——瑞希お兄ちゃん」
僕が少し不機嫌な顔をしたのが気に障ったのか、悠が少し涙目になりながらも上目遣いで僕に訴えかけて来るもんだから、堪らず、
「ああ、分かった。分かったから、お兄ちゃんだけはやめてくれ! 身体が痒い!」
彼女に屈し、身体を忙しなく掻いてしまった。
「うん! 分かった、瑞希ちゃん!」
「もう、それでいいよ……」
僕はテーブルに項垂れながら承諾する。
ああ、ホント……調子が狂うな。
身体が痒くなるわ、変な汗は出るわ——これも彼女の策略なのだろうか?