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(1)第二章 〜死にたがりの少女と天真爛漫少女〜 其の三 ( No.24 )
日時: 2012/06/29 15:45
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n0270ba/15/

 「ねぇ〜誰か帰って来たのかな?」

 悠が飲み物を飲みながら不意にそんな事を口走る。
 僕はバツが悪そうな表情を浮かべながらも飲もうとしていた飲み物を口に含んで、口内を潤す。

 奴が、奴が帰って来たのか……。今日は案外早いお帰りだ。
 さて、この状況をどう説明すべきだろうか。
 僕が眉間にしわを寄せて考え込んでいる間に悠の姿が消えていた事に気付く。

 アイツ、どこへ消えたんだ?
 まさか、な……。
 少〜し、嫌な予感が頭によぎった僕は徐に立ち上がって、玄関に向かおうとしたその時、

 「キャ〜! 何、この可愛らしい子は〜!」

 玄関の方からそんな黄色い声が聞こえた。
 はぁ〜、出くわしてしまったか……。
 額を押えながら溜め息をした僕は少し気だるそうな足取りで玄関に向かう。と、そこには悠に抱きつく黒のスーツが乱れに乱れ、身嗜みが悪い長髪の若い女性の姿があった。

 「何!? このモフモフ、モキュモキュしたくなる愛らしい子は!」

 「もう、抱きついてるだろ。姉さん……」

 僕が嘆息交じりに苦言を呈した若い女性こそ少々問題がある我が姉——如月瑞花(きさらぎみずか)だ……。
 外見だけならそれなりにモテそうである端正な顔立ちにグラマーな体躯。そして、クールで知的の完璧人間と言うのが世間でのイメージ。
 しかし、一歩家の中に入ると外でのイメージの反動のせいなのか、グータラな姉に変わり果ててしまう。

 少々——いや、かなり残念な姉である。

 そんな姉さんは悠の事を気に入ったのか抱きついたまま離れず、自分の頬をすりすりと悠の頬に押しつける始末……。

 「姉さん。そろそろ悠を解放してくれ」
 「ヤダヤダヤダも〜ん! 絶対、放さないもん! ゲフッ!」
 「酒クサッ! また飲んでるのか……」
 「だってぇ〜。仕事なんてお酒を飲まなきゃやってられないもん!」

 プンプン、と少々ご立腹なご様子の残念な我が姉……。
 しかし、そんな事よりも姉さんの酒の匂いにあてられてか、悠の顔が少々紅潮しているように思える。耳が少し赤い……。

 「ねぇ〜、キー君。この子、キー君の何? もしかしてコレ? それともコレ?」

 僕の心配を他所に姉さんは悠に抱きついたまま怪しげな笑みを浮かべ、両手の小指を立ててこちらに提示して来る。

 「……その指折るぞ、コラ」
 「キャ〜! キー君が反抗期だわ! 怖〜い」

 ダメだこりゃ……。
 完全に酔っぱらっているし、いつものグータラスキルが相まって余計たちの悪い姉が出来上がっている。

 「——違ぁうっ!」

 突然、悠が姉さんを押し退けながら怒号を上げた。

 「私とぉ〜瑞希ちゃんはぁ〜コレでしゅよ〜」

 姉さんの酒の匂いにあてられて悠は少し酔ってしまっているのか、呂律が回っていなかったものの親指をしっかりと立ててみせる。

 「えぇ〜! 君って、男の子——いや、いわゆる男の娘だったのぉ〜⁉ 女っ気がないと思ったら、キー君がまさかそっちの気があるなんてお姉ちゃんショックだわ〜」

 酔ってしまっている姉さんは悠が提示した親指を真に受けたのか、歪んだ結論に至ってしまった。

 「……いや、そんな訳ないだろ……」

 額を押えながら否定したけれど、酔った姉には僕の言葉は届かなかったのだろう、悠の身体を舐め回すように吟味し始める。
 時にはボディータッチ。
 さらには怪しげな手の動きをさせながら制服の上からでも分かるふっくら盛り上がった悠の双丘を揉み始めた。

 「キャハハハ!」

 やられている悠はこそばゆいのか涙目になりながら大声で笑う。が、年頃の少年である僕にはちっと刺激が強すぎて目のやり場に困った。
 しばらくして悠の身体検査に飽きたのか姉さんは悠から身を引いて、少し険しい表情を浮かべながら感慨深く頷く。
 僕は何事かと首を傾げながら静かに見守っていると、結論が出たのか姉さんが徐に口を開いて、

 「……現代の美容技術は凄いのねぇ〜」

 と、感心する。

 「おい、馬鹿。どこに着眼点を置いている。悠は歴とした女の子だ」

 まだ、悠が男の娘だと信じていたのか、この酔っ払いは……。
 僕が呆れて嘆息を吐いていると姉さんがまだ僕の言葉を信じられないのか、悠のとある部分に手を伸ばそうとした瞬間——僕は咄嗟に姉の腕を力強く掴んでそれを制止する。

 「——ヤダ〜キー君、腕が痛いじゃな〜い」
 「……それだけはやめろ」

 僕たちのやり取りに悠は首を傾げて何の事か分からずにいた。
 ああ、そうだ。お前は何も知らなくても良いんだ。
 ——うん、これは薄汚れた大人の抗争だから気にしなくても良い。
 僕が力強く姉さんの腕を掴んだまましばらくこう着状態が続き、根負けしたのか姉さんは小さく息を吐く。

 「……分かった。分かったから、この手を放してちょうだい」

 その言葉を信じて僕は手を放して、解放された姉さんは僕に掴まれていた腕を気遣うように労わる。
 そんなに強く握ってはいないんだけどなぁ〜。

 「さてと……酔い醒ましにお風呂でも行こうかな〜。もちろん——悠ちゃんも行くわよねぇ〜?」
 「うん! 行くぅ〜」

 含みのある笑みを浮かべながら述べられた姉さんの提案に嬉しそうに返事をした悠に対して、僕はどうしてか不安で胸が一杯になった。

 「お、おい!」
 「なぁに〜? キー君。もしかして、一緒に入りたいとかぁ〜?」
 「ち、違う!」
 「何もないのなら邪魔しないでね。私たちはこれからゆっくりとどっぷりとガールズトークに花咲かして来るから」

 そう言い残して姉さんは早々に悠を引き連れて僕の前から姿を消した……。
 姿が見えなくなる直前で姉さんが不気味な笑みを浮かべながら、一人取り残された僕を見つめていたのが何よりも印象的で。
 そんな姿を見せられた僕は姉さんがやらんとしている事が自然と頭に過り、膝から崩れ落ちるようにして座り込み——そして、床に拳を叩きつけた。

 僕の完敗だ、姉さん……。少しでも信じた僕がいけなかった……。
 もうこれ以上、僕には術がない。だって、そうだろ?
 乙女の花園と化した風呂場に男の僕が何をしに行くってんだ?

 陰鬱な気持ちながらも立ち上がって、のそのそとした足取りで居間に戻り。定位置たるテレビを正面に向えるテーブルの前に腰を下ろすと、僕は自ずとリモコンに手を伸ばしており音量を上げていた。
 近所迷惑なんてお構いなしに音量を上限いっぱいに上げ、テーブルに項垂れるように顔を乗っけて大音量のテレビをボーっと見続けてやった。

 ——大音量で響き渡るテレビから流れる笑い声。耳が痛くなりそうだ……。

 だけどさ、これもマナーだろ?

 いくら近所迷惑になろうが乙女の会話を盗み聞きしないようテレビの音量を上げてそれをシャットダウンするのが紳士として当然の事だろ?
 うん、僕は将来立派なジェントルマンになれそうだ。
 天国にいるジョンに成長した僕の姿を見せつけた所で僕は自分自身に突っ込もうと思う。

 ——だから、ジョンって誰だよ……。

 ……はぁ〜、と大音量の中で深い嘆息をしたが、即打ち消されてしまい虚しさだけが僕の心を突き刺してしまう結果になってしまった……。