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Re: 向日葵の破片。 ‐Himawari No Kakera。‐ ( No.156 )
日時: 2012/10/26 19:43
名前: 透子 (ID: VEcYwvKo)


第七話Ⅶ*君に


二年前————。

季節は秋の半ばで、長そでシャツを手放せなくなった頃。


「ねぇ、いっちゃーん? 今年も一緒に初詣行くでしょ?」
「何だよ、その言い方。人に頼みごとをする時の口調ってあるだろ?」
「……一緒に初詣に行ってください……」
「しょうがないなー」
「……なっ!」

笑い声が広々とした空に吸い込まれていった。

幼馴染の篠田壱知と花風侑は、当たり前のごとく、並んで通学路を歩いていた。

夕日がさす光の中を、二つの影が揺れる。

受験や部活動などのストレスや悩みを解消し、忘れさせてくれる、お互いにとって最高の居場所。
壱知も侑も、帰り際のこの時間が好きだった。


「受験だしな、侑と違う高校に行けますように、って祈願するか!」
「馬鹿っ」

侑がバックで壱知の足をたたく。
いてぇ、という笑い混じりの声に、侑もつられて笑った。


「じゃあ、また明日な」
「うん……」
「何かあったら俺に言えよ?」
「分かってる……ありがと」

侑は小さく手を振り、家まで送ってくれた壱知に背を向けた。

心配そうな壱知の視線を背中で感じながら、重い動作で玄関の扉を押す。


「……ただいま」

散らかった部屋。
酒と煙草の入り混じった悪臭。

いつからだろうか。
父親の暴行に耐えながら、縮こまって生きる日々が始まったのは。

軽く息を止めて、自分の部屋に向かおうとする侑の視線に飛び込んできたのは、一枚の紙だった。

一目で状況が理解できた。
力のない字で、母の名前が書いてある。
父の欄は空けてあるものの、もうすぐそこに、父の雑な字が書きこまれることは簡単に想像がついた。

悲しくはなかった。

ただ、母親を失った家の中で、自分の全てまでもが空っぽになったような虚しさだけが残る。


侑はたまらず家を出た。