コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 向日葵の破片。 ‐Himawari No Kakera。‐ ( No.167 )
- 日時: 2012/12/21 21:04
- 名前: 透子 (ID: VEcYwvKo)
第八話Ⅱ*愛する人へ
信じられない。
もう見ることもなかったであろう人物。
美湖が冬にプレゼントしたニット帽は相変わらずであったが,顔には疲れた表情が目立った。
帽子の下からのぞかせた目は京をじっと見据えていた。
洋平は口を開きかけ,言葉を飲み込む。
「こんにちは」
京は軽くあいさつを済ませると洋平の真横を通った。
洋平はあわてた様子で京を目で追った。
「ちょっと,待ってください」
洋平が呼び止める。
京が振り返った。
洋平を見て,美湖を見る。
京は何かに感づいたのか,それとも寒いだけなのか,一言その場に平然と言葉を残す。
「中に入ってください」
洋平が靴を脱いだ。
ずいぶんと使い古したような某メーカーのスニーカー。
傷つけられ,痛みつけられていた。
「おじさん,いくつですか」
「俺,一応まだ29なんだけどなー。そんな老けてるか?」
初めて洋平の顔に笑みがこぼれた。
笑顔はあの頃とまったく変わっておらず,美湖の記憶を色づける。
「どうぞ,ここに」
京が案内したのは,紛れもない,京の部屋だった。
洋平はとまどい,ここは君の部屋かと確認する。
「そうですよ。だって,俺,あなたと話がしたいんです。俺の勘が当たっていれば……あなたは,洋平さんですよね?」
洋平が言葉を詰まらせた。
目が泳ぎ,ちらりと京を見て小さく頷く。
「で,今日は美湖のことでいらっしゃった,と」
「そ,うだけど。何で君が美湖の事……」
「美湖,俺の隣にいますよ」
「は……それは……」
「俺は,美湖が好きです」
長い洋平のため息が部屋に流れた。
「やっぱりな。実は,俺は美湖を成仏させたいと思ってきたんだけど,無理かな」
たくさんの感情を『やっぱり』という言葉にまとめ,曖昧な答えを出した洋平を,京は怪訝そうに見ていた。
「また,後日話しませんか。その時までに俺,結論出します」
「了解。美湖をよろしくね」
日時を決め,あっという間に洋平は帰って行った。
美湖は一言も言葉を発することはなく,ただ京の隣に居た。
怖かった。
忘れかけていた洋平の存在が再び美湖の頭を支配し始めたこと,それによって京の存在が小さくなっていくことが怖かった。
「あ,そういえばな,由海がここにくると思う,って美湖に伝えて。それじゃ」
帰り際,洋平は懐かしい友の名をこぼしていった。