コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

世界誕生から5日後 2 ( No.21 )
日時: 2012/08/03 12:12
名前: とろわ ◆DEbEYLffgo (ID: WcizgKjn)

「嫌だね」

すっと耳元に入るような、クリアな声が部屋中に響く。
それは、水の精霊『ウンディーネ』の発した、はっきりと拒絶の色が見える言葉であった。


応接間(本人的には茶室)に案内された後、パラケルススはこれまでの経緯を彼女に説明した。
そうして、「手伝ってくれないか?」といった台詞を言った直後にそう返された。見事なまでの即答であったという。
「いくらお前の方が権利が上だからって、別に俺はお前の言いなりになるつもりはないぜ。俺はただ、神界(ここ)でのんびりと自分のやりたいようにやれてりゃ十分」
外見に似合わない口調の筈だが、妙に様になっているウンディーネがうんざりしたように言った。
「でもな、あそこは——」「しつこい男は嫌われるぞ? 大体、俺はお前が嫌いなんだ。さっさと帰ってくんねーか」
「うぐ……」
散々言われてパラケルススは息が詰まった。
「全く、何しに来たと思えば、まさかそんな風にお願いしてくるとはなぁ。意外っつーかうぜぇっつーか」
そうぶつぶつ呟きながら、わざわざ自分でお茶菓子を用意するあたりが素直じゃない彼女らしく、パラケルススは思わず笑いそうになったがそれをなんとか堪え、そうして彼女を説得する方法を考える。
しかし、考えても考えても名案が思い浮かばず途方にくれかけたところで、ウンディーネがぽつりと呟いた。
「はぁ、もう少し俺にも権力(ちから)がありゃあもっと上質の茶葉が手に入るんだがな」


————それだ。
パラケルススは心の中でニヤッと笑った後、ウンディーネの顔をじっと見つめた。
「んだよ」
ウンディーネは若干困ったような表情をする。
パラケルススはふうと息を吸い、そうしてウンディーネにこう問いかけた。

「お前はさ、一番になりたくはないか」

「……は?」
ウンディーネは呆気にとられたような表情でパラケルススの表情を窺う。あんな台詞を吐いておきながら、本人は至極真面目な表情をしていた。
「だから、頂点に立っていたくないかって事だよ。この世界は神が最優先されるような場所だ。そうして精霊は、力を持っている為に神々から不当な待遇をされる。そんなところに居続けるのは、プライドが高いお前としては苦しい場所だろう」
ウンディーネの眉がピクリと上がる。
「確かにそうかもしれねぇ。だけど、それとこれとは話が別だ。俺はここで気ままにしていいって言われてんだ。それだけで俺は十分満足して「本当か?」
ぐいっとパラケルススが顔を近づける。
ウンディーネは何故だかこの男に心を見透かされているような気がして酷く不快に思った。
「ここは恐ろしく広い。だけどな、お前が水の精霊としての力を発揮できるのはほんの一握りのこの場所だけだ。でも、あそこはそうじゃない。広大な大地にある水全てをお前が意のままに操ることができる。——お前は水の支配者になれる」
「————ッッ」
ウンディーネはごくりと唾をのんだ。


自分が水を意のままに操れる特別な才能を持っていた為に神から不当な扱いを受け、プライドをズタズタに引き裂かれた事もあった。
人魚姫のように世界に拘束されてしまっていた彼女は、光を求めて遅い来る現実から逃れていた彼女は。

————箱庭から飛び出すことを選択した。




「……ふん、ま、少しぐらいなら付き合ってやってもいいぜ」
「おお、ほんとか!?」「ただし、別に俺はお前のことが嫌いだから必要以上の事はしねえ。っつーか、水の支配者である俺を敬うぐらいのことはしろよ」
「わーってるよ! しっかし嬉しいなあ。お前がいてくれて助かったよ」
「勝手にいってろ」
そうため息交じりに言いながら、ウンディーネは扉を開けて使用人の一人にこう告げた。
「俺は暫く留守にする。ここの管理はお前等に任せる。——頼んだぜ」
「は、はいいぃっ!!」
使用人はうっとりとした表情でそう言い、慌ててほかの精霊たちに伝えにいった。
「——さて、俺はどの場所にあるか知らないんでな。さっさと案内してくれねえか」
「おう! 任せろっ」

世界誕生から5日後 3 ( No.22 )
日時: 2012/08/03 12:11
名前: とろわ ◆DEbEYLffgo (ID: WcizgKjn)

「ふむ、確かに全くと言っていいほど水が無いな」
ウンディーネはそう言った後、自分の髪を緩く縛っていた蒼のリボンを解き、くるくると自分の右手に巻く。
ふわっと海色の美しい髪が宙になびき、その幻想的な光景にパラケルススは思わずウットリした。
日焼けなど微塵もないほどの白く滑らかな肌。深海の色の瞳。魅惑的な桃の唇。そうして、巫女服とアイドル服をミックスさせたような独特な衣装を着ているのにも関わらず、妙にしっくりときているスタイルの良さ。
何もかもにおいて『完璧』な彼女は、ちょっとした動作でも普通の男性ならドキドキしてしまう。そんな容姿であった。
「えい」
右腕を前に伸ばした後、目を瞑ると、そこから透明な魚が現れた。魚は二匹、三匹と増えていき、彼女の周りをぐるぐると廻る。すると、段々そこから魔法陣が浮かび上がってきた。
「ああ、そういやー。パラケルスス……呼びづらい。パラス。そこから離れろ。危ねぇから」
「ぱ、パラス!? 少なくともオレは背中に茸が生えた昆虫型のモンスターではないぞ「いいから下がれパラス」
キッとウンディーネはパラケルスス(パラス)を睨みつける。その形相に怯んで、パラケルススは数歩下がった。

「さーて、俺の華麗なる活躍に見惚れてろよ」


そう言った後、ウンディーネは右手を宙に伸ばした。水の塊が現れ、段々巨大化していく。しばらくすると渦巻き始め、やがて細長く伸びてゆく。どうやらそれはお祓い棒に似たもののようで、じょじょにその形が出来上がっていく。そうして、完成したお祓い棒ににた物こと『ミヅハノメ』を手に取り、ウンディーネはそれに軽く口づけをした。
すると、魔法陣が輝き始めた。ウンディーネはその中心で、ミヅハノメを振り回し、舞を舞う。それはさながら日本舞踊のようで、また違った、独特の美しい踊りであった。
「———生命(いのち)の恵みたる潤いよ、」
ウンディーネはくるくると回りながら詠唱し始める。彼女の周りには魚だけでなく、イルカやアザラシなど、様々な透明な水の生き物たちが舞っていた。まるで、水の楽園に迷い込んだかのように。
「聖母のように我らを包み込み、支え、そうして愛し、そうして、我らのために、」
ウンディーネの周りをぐるぐると回っていた生き物たちがやがてひとつになっていく。
それらは水の塊となって、彼女の頭上に集まる。

————そうして、


「今、ここに聖なる祝福を!」

そう叫ぶと、水の塊は弾け、世界中に散らばっていった。
水は大地に滲みてゆく。潤いが世界中に行き渡る。


「……以上、ウンディーネ様の特大魔法でしたー」
ウンディーネはミヅハノメをひょいと放り投げてそう言った。
ミヅハノメは地面にころりと落ちた後、水の塊となって消えた。
「相変わらず派手だなー」
「お前に言われたかねえよ」
「ところで、さっきから水の気配がないんだが……失敗?」
「ちげーよ、あそこ見てみろ」
ウンディーネは崖を指さす。するとそこには——
「おお、水が流れてる!」
「ま、最初は少しだけなんだがな。その内バンバン流れるようになるよ」
ウンディーネはパンパンと手のひらをたたくと、くるりとパラケルススに背を向けて言った。
「俺は一旦帰るよ。久々に大量に魔力消費したから疲れちまったぜ。しばらくは微調整の為にここに来ることになるがな。まーなんかあったら言ってくれ」
「おう! ……サンキュ、ウンディーネ」
「うるせえ、礼なんてらしくねえぞ」
ウンディーネはぼそりと呟いて、そうして水となり消えていった。


「うし、第一関門クリア、だな!」
パラケルススはにやりと笑ってそう言ったのであった。