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Re: 右側の特等席。■お客様10人突破■ ( No.139 )
日時: 2012/11/10 19:42
名前: ゆえ@ (ID: 7hpoDWCB)  



【 第四十六話 】



「あ、あの、翼くん?」


狭い壁なので、自然に身体が密着する。背が高い翼くんと、背が低いわたし。翼くんは下を向いているから、首筋に熱い、翼くんの息があたる。
掴まれた腕が、痛い。



「なんで逃げてんの」



もう一度、さっきと同じことを聞かれる。

なんで逃げてんの、なんて…。


並んで話している、ふたりを見たくなかったから。
楽しそうな笑顔を、見たくなかったから。
…翼くんの目を、見たくなかったから。


——そんなこと、いえない。

言いたくない。



「…秘密、です…っ」
「…え?」



声が、震える。
翼くんは多分、わたしが答えると思ってたんでしょ?
きっと今、ぽかんてしてる。
だって、腕の力が弱まった。

翼くんは、わたしの気持ちなんて知らないでしょ?
知ったって、大して何も思わないでしょ?


だって…、本気にならないから。



「…帰り、ます…」



力がすっかり緩んだ翼くんの腕を解き、狭い壁から出る。首筋にあたっていた熱い息の感触が、すっかりなくなった。背中と腕は、まだヒリヒリとする。



「〜っ、おい、広瀬」
「やっ」



下駄箱に急ごうと一歩足を踏み出すと、今度は手首をぐいっと引かれる。ぐらり、と重心が後ろへ傾く。



「い、いや…、帰るっ…」
「…なんでだよ。話、聞けよ」
「聞きたくないですっ!」



いつまでも離されない手首と、…振り解こうとしない自分にイライラして、ばっと後ろを振り返る。


わたしの、バカ。



「え…、おま、なんで泣いて…」



わたし今、泣いてて酷い顔なのに。

やっと緩んだ手を振り解いて、次は掴まれまいと走って下駄箱に向かう。



「っ…、おい、真優!」



やめて。

その声で…、あの人を呼ぶ声で、馴れ馴れしく呼ばないで。



「くそっ…。なんで、だよ…」



そんな苦しそうな翼くんの呟きなんて、わたしは知らない。