コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な幽霊少女【始まるよー!! …多分(汗】 ( No.1 )
- 日時: 2013/01/17 19:45
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
臆病な幽霊少女
もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云つたとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとはとうめいな軌道をすすむ (宮沢賢治)
わたしは何を思って生きていたのか、もうとっくの昔に忘れてしまった。
だから、何を想って死んだのか、もう思い出せないのです。
死んだ、私には。
◆
わたくし宮川諷子は、いわゆる幽霊として、昔は自分の家だった高校に住み着く、「七つの怪談」の一つです。
この学校の怪談というのは、有名なトイレの花子さんを筆頭とする良くある怪談話ばかりですが、わたしの怪談は、かなり異色でした。何でも、冬に屋上から飛び降り自殺した女学生(わたし)が、寒さのあまり、生温かい生き血を求め、屋上で生徒を突き飛ばす、という話です。
…ぶっちゃけて言いましょう。んなことしてねーよ。
一体、何でそこまで脚色されたのか、良く判りません(そもそもこの学校が出来る前に死んでいるんだから、屋上から飛び降り自殺なんて出来るわけがないのです)。女学生と、冬に死んだという所まであってるんだけど。
結核で、わたしは息を引き取りました。
小さい頃からその病気に苦しみ、医者には成人まで生きられないだろうといわれたわたしは、その言葉通り、十六になる前に死にました。
以来わたしは、何故か成仏出来ず、かといって怪談みたいな悪霊になるわけでもなく、健全な男女生徒たちの青春を、温かい目で見守っていたのでありました。
勿論、彼らの目には、わたしの姿は見えません。声も聞こえないし、物理的に触ることも出来ません。わたしの存在は彼らには、全く気づくことが出来ないのです(なのに怪談はあるのだから不思議です)。
それには少し、寂しさも悲しさもありましたが、利点もあります。見えないお陰で、わたしは心置きなく堂々と、彼らの姿を眺めることができるのです。今日も元気に、教室の隅でこっそりとストーキングしてました。テヘペロ。
そんな、ある日のことです。
わたしはその日、屋上にいきました。
屋上から見る夜景は、とっても綺麗なんです。下は街の光、空は星の光が広がっていて、わたしは何時も、一人でここからの風景を眺めていました。
けれど、その日は違って、先客が居ました。 一人の男子生徒が立っていたのです。
——一目見たときに、わたしはその姿に魅了しました。
秋深くなったお陰で、あっという間に日は沈み、大きな満月が現われていました。その下で、月の光に包まれるように、彼は佇んでいたのです。
彼の目は、猫目で…人を拒絶する雰囲気を宿っており、けれど、不思議と穏やかなモノが確かにありました。黒い髪は、薄い月光に照らされて、柔らかく光っていました。
本当に綺麗で、わたしは心を奪われてしまったんです。
でも、すぐに我に返りましたよ。よく見ると、彼はフェンスを越えていたじゃありませんか。そこから安易に想像できたわたしは、慌てて彼の右腕を掴んで引っ張りました。
だけど、その行為をして気付いたんです。
——わたし、幽体だから触れられないじゃん!!
しまった、っと思った瞬間、彼の身体が傾く。「うわっ」と声をあげ、わたしの方へ倒れ、そしてそのままズドン!
「ふぎゃ!」
女らしくない声なんて、いわないでください。十六ぐらいの男の子の体重は、かなり重いです。支えきれずに、そのままわたしも倒れ、アスファルトとゴツン…とは、なりませんでした。彼には触れるけど、コンクリートには触れれず、溶け込む感じです。
でも、彼の体重とぬくもりは、直に伝わりました。
何で? と最初に想いましたが、そんなこと考えている場合じゃありません。すぐに仁王立ちして、彼にいいました。
「な、なななな何やってんですかまったくもー!! こんなところに居ては、風に飛ばされて落ちて死んでしまいますよ!?」
彼はキョトン、とした感じで、座り込んでいました。けれど、わたしの視線に耐え切れなくなったようで、顔を逸らし、小さな声でいいました。
「…死にたかったから、ここに居たのに」
想像通りの言葉に、わたしはイラっとして、怒りを隠さずにいい返しました。
「死にたかった、だから死ぬんですか!? 人間、本当は死に方を選んじゃダメなんです!! 人間が選べるのは、生き方だけなんですよ!?」
どんな理由があろうとも、命を放り出していいことにはならない。
生きていた頃の、自分を思い出す。
わたしは、好きで結核を持って生まれたわけじゃない。ましては、好きで死んだわけじゃないのです。
苦しかったし辛かったけれど、生き方だけは選べた。だから、彼の「死にたいから」というのが、とても許せなかったのです。
なのに。
大声を出したわたしの脳裏には、別の感情がありました。
怒りではない。哀れみでもない。——悲しみ?
近そうで遠い、不思議な感情に、心の中では戸惑っていました。でも、怒りの感情の方が確かだったので、考えるのをやめて、とにかく怒って言葉を紡ぎました。
——一体、自分が何を話したか、思い出せません。
余程わたしは興奮していたのでしょう。幽霊になって、刺激というモノは殆どありませんでしたから、ここまで激昂することは今回が初めてでした。
わたしがいいたいことを全部いった後、彼はフラフラと屋内に戻っていきます。
我に返ったわたしは、先ほどの自分に愕然とし、出て行った彼の方を、朝が来るまで見ていました。