コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な幽霊少女【2話更新】 ( No.3 )
- 日時: 2013/01/26 09:30
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
◆
それから一ヵ月後、ついにわたしは聞いてみました。
「ケンちゃんは」
「ケンちゃんいうな」
「どうして、あの時、自殺しようって思ったの?」
聞くと、彼はほんの少しだけ黙った。
……やっぱり、何かあるのでしょう。
あの時、屋上から飛び降りようとした目は、深い悲しみと諦めと、助けを呼ぶような、そんな目でしたから。
「…人と付き合うのが、怖くなった」
俺は、臆病だから。
それだけ彼はいった。でも、その言葉に続くものは、安易に想像できた。
私にも、心当たりがあったのです。
人とというのは、孤独を恐れる。
だから、人に嫌われないようにと、捨てられないようにと、必死に好かれようと、嘘までついて付き合うことを、わたし自身が経験してました。
あまり、彼のことは知らないけれど。
…にているなあ。
あの時、満月の夜に、屋上で逢ったときに感じた感情が、今になって分かります。
——あれは、
親近感、と呼ぶものなんでしょう。
「…わかるよ」
意識しないまま、言葉を口にした。
「その気持ち、良くわかるよ」
わたしも、そうだったから。
母も、父も、周りの人も、皆良い人たちだった。甲斐甲斐しく看てくれた。
でも、わたしの存在を背負うことが、きつかったのも知っている。
わたしを捨てようと思ったのが、一度や二度じゃないことも知っている。…それに自分が怯えていたのも、わかってる。
「でも、それだけじゃない。ちゃんと、ありのままの自分を見てくれる人がいるってことを、わたしは知りました」
父たちも、わたしを最後まで看てくれた。捨てないでいてくれた。
そして、そんな人だけが、この世に存在するわけでもなかった。
死んで、幽霊になって、わたしの存在を知ってもらえないことに、寂しさも哀しさも覚えて。
もう何十年以上も経ってしまったけれど。
ようやく、わたしを純粋に受け入れてくれる、君に出会えたんだ。
「だからわたしは、この世界は捨てたもんじゃないって思っています」
——このことをいったあの時は、本気でそう想いました。
本気で。心の底から。
「…なあ、フウ」
彼が、口を開きました。
「俺はさ、この世界が何もかも嫌で嫌で仕方が無かった。
だから、死のうって思った。今でも、ひっそりと思っているかもしれない」
でも、と彼は続けます。
「『生き方は選べる』。フウはそういってくれた。
その言葉で、俺は少し前向きになれたんだ」
ポン、と髪に、柔らかい暖かさが伝わった。
「——ありがとな」
そういって、彼は笑みを浮かべた。
今まで一度も見せてくれなかった、笑顔でした。
よしよし、と彼はわたしの頭を撫でてくる。
胸の中に、じんわりとした温かさがこみ上げてきた。
「(ああ、マズイ)」
そう思ったのに、壊れてしまった涙腺は、あふれ出す川の様に流れて。
あたたかい雫が、広げてあった本にシミを作った。
泣いてしまったわたしに、彼が慌てているのがわかる。
けれど、わたしは泣き止むことが出来なかった。
一体、何十年涙を流さなかっただろう。生前も、泣かなかったような気がする。
泣けない、と思ったから。泣けば、皆に迷惑をかけてしまうと思ったから。
……迷惑をかけると、捨てられると恐れたから。
嘘の笑顔を顔に張り付かせていたあの時から、わたしはわたしでいられなかったのかもしれない。
——君は、間違えなく。
わたしを、わたしとして取り戻してくれた、恩人なんです。