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- Re: 臆病な人たちの幸福論【参照1000突破記念感謝祭更新!】 ( No.120 )
- 日時: 2012/11/27 23:14
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
◆
フウが、危篤状態となり、俺が諦めたその刹那、幽体の少女が、俺の前に光臨した。
——したのだが、
「ごめんね、ちょっとお腹すいちゃってて……あ、これ美味しい」
「あ、あはは。ど、どうぞごゆっくり……」
幽体の少女は、目の前で、透明な指を使って饅頭を頬張っていた。
——誰か、この現状を説明してください。
◆
まるで、俺に渇を入れるために来たようなタイミングで、突風からこの少女は現れた。それこそ、神が光臨するような登場で。
だが、現れた途端、「お腹すいたぁ……」と、少女はへたり込んだ。
——え、ちょ、このタイミングで!?
とにかく、起きたのがいっぱいありすぎて、ついでにツッコミたいところもいっぱいありすぎて、どうすればいいのか悩んでいるとき。
「わ、私に……何か、食べ物をォォォ……」
そういわれた俺は、おっかなびっくりで、彼女に、机においてあった饅頭を薦めた。
ついでに給湯室から湯のみを取り出し、二人分のお茶を沸かして、湯飲みに注いで渡した。
——随分落ち着いてるな、って? とんでもない。
確かに俺は、不可思議なことに何べんもあってるさ。だがな、いくら幽霊に出会おうが生霊に出会おうが、慣れるはずがないであろう。頭は既にパンクして、とりあえずなことしか出来ないよ。
しばらくして、彼女は手を止めた。……よく食べたなあ、この人。
「ふー、やっと落ち着いたあ。
ありがとうね、こんな美味しいモノ食べさせてくれて」
「い、いえ……」
「いやー、久しぶりに実体したらお腹が空いちゃって……久しぶりの空腹感」
いやいやいや!!
貴女、久しぶりの前も実体化してたんですか!? ってかやっぱり人間じゃないのね!
「あ、ゴメン、自己紹介まだだったよね」彼女は慌てていった。
飲みながら、俺は思う。……あれ、何かこのくだり見たことあるぞ。
「私の名前は雪乃。生前は雪女でした」
「ぶはおい!!」
含んでいたお茶を全て噴出しました。ついでにむせました。
「ちょ、大丈夫!?」
「ケホッ、だ、大丈夫です……」
彼女——雪乃さんは、俺の背中をさすってくれた。やっぱり手も透明だが、ちゃんと触っているという感触がある。
ってか、雪女って……幽霊に生霊にSF的な展開になると思ったら、今度は妖怪ですか!? 何、俺の人生一体何がしたいの!?
いや、落ち着け、俺! はい、深呼吸。
……ふう。落ち着いた。
幽霊も生霊も居るんだから、妖怪が居たっておかしくないだろう。大丈夫、おかしくなんてない。人生大体こんなもんさ。
「……えっと、雪乃さん?」
「はい」
落ち着いたところで、早速聞こうじゃないか。
「貴女、『生前は』っていってましたよね? ということは……」
俺の問いに、雪乃さんは笑いながら「はい、死んでます」と答えた。
まじか。
ってか、妖怪も死ぬんだな。
「……えっと、じゃあ、幽霊ってことで、合ってますか?」
妖怪でも、死んで幽霊になれるのだろうか? という疑問は、この際おいておく。
だが、雪乃さんの答えは、意外なモノだった。
「いいえ、違います。そもそも私は、生まれ変わっているんです」
「生まれ変わってる?」
「そうです。貴方も、きっと、私の生まれ変わりに出会ってると思います。なので、魂はもう無いんです。あるのは、念だけ。……記憶、といったほうが、判りやすいでしょうか」
……なるほど、判らん。
「とにかく、死んでいるということは判りました」
とりあえず、俺はわかっているところだけを答えた。
「では、何故雪乃さんは、ここに? 久しぶりに実体化したということは、そんなホイホイ出来るようなモノじゃないということでしょう?」
「ご名答です」雪乃さんは、苦笑いで返す。
「さっきもいいましたように、私は幽霊ではなく、念、つまり記憶です。魂はちゃんと存在するモノですが、念や記憶は、曖昧なもの。えっと……この時代には、インク、というものがあるんですよね? それと同じ。
石で刻んだ文字が魂であるなら、念や記憶は、紙に記されたインクのようなもの。時がたてば、薄れていきます。本来、念や記憶は、実体化するほどの力はありませんが、私の場合は、例えでいうインクの量が多かったので、昔はかなりの回数で実体化できましたが、時が経つにつれて、それも困難になってきたのです」
「はあ……」
なんとなく判りました。
「じゃあ、何故ここに来たか。……それは単純な答えです。
貴方が、私を必要としていそうだったからですよ」
「……え?」
雪乃さんは、静かに笑った。
「諷子さんの魂は今、ここではない世界に閉じこもっています。……ここまで来れば、もう突っ込む気力は無いですよね?」
「……」
ああ、ありませんとも。
もうね、常識なんてどっかにいってしまいました。
「どうやって、あの世界にたどり着いたのかは判りませんが……事態は一刻も争います。とりあえず、私が貴方を諷子さんのところまで飛ばしますので。準備はいいですか?」
「え!? ちょ、え!?」
いきなり急展開ですか!? 心の準備がまだです!
というか、そんなヒョイヒョイいけるところなんですか!?
ってか、一刻も争うんだったら、のんきに饅頭食べないでください! そういえばフウは死にかけているのに、場違いにものんびりしちゃったじゃないですか!
……どうやら俺には、ちゃんとツッコむ気力が残っていたらしい。
けれど、それよりも。
「ちょっと待ってください!」
「何? 急ぎたいから、手短にお願いします」
聞きたいことがあった。
とても、とても聞きたいことがあった。
「どうして、貴女は……俺に?」
ああ、バカだな、俺は。
時間が無いのに、試すように言葉を抜かすなんて。これじゃ、何をいっているのか判らないじゃないか。
けれど、彼女なら、この言葉の意味を判ってくれるのではないかと期待した。
俺の不安を、吹き飛ばしてくれそうな気がした。
案の定、彼女は理解できたようで、
「——貴方が、一番最初に彼女を見つけてくれたから」
——微笑んで、いった。