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Re: 臆病な人たちの幸福論【参照1100突破感謝祭更新!】 ( No.129 )
日時: 2012/12/03 16:10
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 これ以上、わたしを苦しめないで。楽にして。
 幸せに、なりたくないの。楽しさを、忘れたいの。


 そのうえで、「幸せだった。楽しかった」っていいたいの。

 ……矛盾、しているよね。
 だけどね、こうするしか、人を傷つけない方法は、見つからなかった。

 それがわたしの生きる意味だった。
 希望も期待も、夢も捨てきれない、けれど叶うことはない。独りは寂しい、でも一人になりたい、その真ん中の微妙なラインが唯一、生きる意味だったの。


 その意味が、価値観が。
 目を開けたとき、世界が広がるとき。
 全て、否定されるのが、今は怖い。


 最初は、褒めて欲しかった。
わたし、とってもとっても頑張ったよ? 傷つけたくなかった。憎まれたくなかった。嫌われたくなかった。憎むことも、嫌うこともしたくなかった。
 こんな辛い人生でも、幸せだったって、笑顔でいえるよ? 人から酷いことされても、大丈夫だって、こんなの痛くないって、いえるよ?
 憎むなんて、とんでもない。わたしは、皆が大好きだったんだよ?


 でも、誰も褒めてくれないの。
 わたしの気持ちを気づく前に、わたしの存在に気づいてくれない。
 だってわたしは、死んだから。幽霊になったわたしは、もうこの世界には『居ない』。
 そして、わたしを知っている人たちは、じょじょに減っていった。わたしを覚えてくれる人は、わたしの目の前から消えていった。
 わたしのことを知っている人が居ないこの世界には、わたしは生まれていないことにされているんだ。

 その答えにたどり着いたとき、とてもとても絶望した。誰も、褒めてはくれない。——わたしの存在を、認めてくれる人は居ないんだって。
 ……でも、時が経つにつれ、思い出が風化されるうちに、わたしは平気になってきた。
 誰も気づかれないなら、自分一人でこの世界を楽しもう。
 だって、気づかれないなら、人を傷つけることなんて、ありえないでしょう?

 そうだ、元々この世界に居なかったのなら、楽しい思い出に書き換えよう。
 辛かったけれど、幸せだったと、上書きしよう。
 どこかで見た、物語のヒロインのように。苦痛で酷い過去を持っても、笑える強さと許せる優しさを持つ、そんな物語のヒロインに。
 わたしは、『居なかった』。だから、生前のわたしはこうじゃないと、責める人は居ないのだ。

 そうやって、わたしは過ごしてきた。
 終わらない時を、過ごしてきた。



 けれど、その時間は、ケンちゃんと出会った時に、終わった。


 ……ああ、今思えばわたし、なんてバカな説得したんだろう。
『死は本当は選んじゃいけない』……って、思い込みだけでいうなんて。

 でも彼は、そんなわたしの言葉を信じて、生きてくれた。

 そしてわたしを再び、何も知らないでこの世界に『蘇らせて』くれた。

 楽しかった。幸せだった。
 ……本当だよ? これだけは、嘘はついていない。


 でもだからこそ、ケンちゃんに隠していたモノを暴かれた時……怖かった。

 幽霊とばれるのが。
 騙していたことが。

 ……けれど、今思えば、偽っていた自分の本性がバレるのが、本当は怖かった。
 そしてその後のことを思うと……。





 臆病なんだなあ、わたし。
 慎重じゃなくて、臆病。

 本当は、本当は、って繰り返すけど。
 やっぱり、どれが本当なのか判らない。ひょっとしたら、全部嘘なのかもしれない。

 判らない。

 ねえ、判らないって、本当に怖いんだね。
『嫌だ』って思うのに、理屈が思いつかないから、口に出せなくて、そのまま溜め込んでしまう。
 迷ったって、悩んだって仕方がないのに、気になって気になって、ついつい悩んでしまう。
 そうやって人は、どんどん不幸になっていくんだなあ。



 ……あ、どんどん重くなってきた。
 わたし、死ぬんだな。


 居なくなっても死に切れなかった癖に、そんな風に感じた。




 これで、楽になれる? なれるよね?
 だって、もう、何も感じなくなるから。そうだよね——?




 わたしは、意識を、……いや、何もかも手放そうとした。


「——……フウ」


 ——なのに。




             どうして、キミがいるの?

(せっかく楽になれたと思ったのに)
(とうとう彼は、わたしの目の前に居た)