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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『間章』更新!】 ( No.132 )
- 日時: 2012/12/06 22:16
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
第七章 どうすればいいのか、判らないことだらけだけど
何が正しいのか、なんて。
どうすればいいのか、なんて。
未熟な俺にとっては判らないし、判らないことが怖いけれど。
「——絶対に、フウをつれて帰ります」
俺は雪乃さんにそう告げると、雪乃さんは、何もいわなかった。
ただ、厳しい顔を緩ませて、ニッコリと笑ってくれた。
雪乃さんが、香を焚く。
上の白から、濃い桃色になっていく優しい色使いの香炉。新品とはいえないが、丁寧に手入れされた香炉だった。
火が点り、甘い香りが広がった。部屋の空気も身体も温まった気がするのは、気のせいではないと思う。
俺は香に詳しくはない。でも、懐かしい、花の匂いだった。
花の名前は、思いつかないけれど、花の匂いだと直感した。
(まるで、雪女には相応しくない、春のような香炉だなあ)
ぼんやりと、そんなことを思った時だった。
その匂いが鼻腔をくすぐったとき、一気に身体が重くなった。
「あっ……」
何かの拒絶反応だろうか。苦しい感じはなかったのに、今自分の身体が危ないように感じ、何かいおうとした。
だが、喉が何かつっかえたように、声がでない。
出そうとするたびに、比例して身体が重くなっていくような気がした。そんな状況に、俺は意識を手放すしかなかった。
◆
意識が戻ると、がらり、と景色が変わっていた。
透き通った、深い色の水面に、空気に溶け込むような淡い桃色の、蓮のような花が辺りに散らばるように咲く。その花からは、あの時の香と同じ匂いが漂ってきた。
一目で、雪乃さんがいっていた異世界だとわかる。
「(何か……思ったとおりというか、違うというか)」
だが、傷つくものは何もないような、優しく甘い世界だとは判った。
上を見上げると、雲は一つもない、綺麗な夕焼けだった。
透き通った赤い空は、紅茶を連想させる。
「(……そういえば、フウとは)」
一緒に、夕焼けを眺めたことはなかった。フウの見舞いが終わって、気を重くして帰路をたどった時には当たり前に見えていたのに。
冬へと加速した秋の空は曇っていて、夕焼けは隠れて見られなかった。
「ここは、俺の望みも含まれているのか?」
ポツリ、と呟く。
望みを反映する世界。
理想郷。そんな単語が脳裏に浮かんだ。
綺麗な世界。自分が生まれた場所とは大違いの、穢れ無き世界。
そんな、優しい世界なハズなのに。
「——何でそこで、お前は泣いてるんだ」
今まで会いたかった少女は、水面の上で泣いていた。
その姿をこの目で捉えたとき、心臓が一秒だけ、止まった気がした。
俺は、迷うことなく水面に足を踏み出す。
俺が居た世界では沈むはずの身体は、この世界ではちゃんと水面に立った。まるで、氷が張った湖を歩くように。
波紋を立てながら、俺は、フウの傍へと歩いた。
泣いている、といったが、実際には、彼女は涙を零してはいなかった。
それでも、彼女は泣いていた。
目をつぶって、うずくまって、だらんとしている両手を水の中に詰め込んで、今にでも沈みそうな少女。
顔は楽そうな表情をしているくせに、彼女の纏う空気は、重々しく、冷たい。
「——フウ」
フウの前で立ち止まって、俺はかがむ。
「……ケンちゃん?」
膝で顔を隠しているせいか、それとも何かをこらえているせいか、あれだけ聞きたかった声は、くぐもって聞こえた。
その声ははっきりと、拒絶が含まれている。
どうしたんだ。
出会った頃のキミとは、まるで違う。
素直にあの頃のキミと出会えた事を喜びたかったのに。
暖かく優しく、あの時まぶしく感じたキミではなかった。