コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 臆病な人たちの幸福論【『間章』更新!】 ( No.133 )
日時: 2012/12/06 22:18
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode



「ケンちゃんいうな」


 だからいつもどおりに返した。

 少しでも心のよりどころが欲しかったんだと思う。冷静に現状を把握しようとしても、何だか焦点が合わない感じがした。


 こんなフウを、見たことが無かった。

 泣いたり笑ったり怒ったりする姿は見たことがあるけれど、こんなにも何もかも拒絶するようなフウは、見たことが無かった。



「……なあ、フウ。あのさ、」

「知っているよ」


 どうしていいかわからない俺は、フウの身体がある世界のことを話そうとした。

 きっとフウは、自分が生きていることは知らないだろうと思ったから。


 自分が生きていると知れば、きっと何もかも元通りになると思った。




 ——けれど。



「わたし、生きてるんでしょう?」



 そんな淡い期待を、冷たい声が、あっさりと砕いた。


「……な」

「……聞こえていたよ、ちゃんと」フウは顔を上げずに続ける。

「ここに居ても、耳を塞いでも、……聞こえたよ」



 なんで、と思う前に、俺は失念していたことに気付く。

 コイツは最初、『ケンちゃん?』といった。まるで、部屋のドアをノックしている時に、相手を確かめるように。

 俺も、すっかり忘れていた。面と向かってフウと話すのは久しぶりだが、眠ったままの彼女とは毎日会っていたから。

 そしてフウも、聞こえていたから、絶対にいうはずの言葉を忘れていたんだ。



「久しぶり」という言葉を。






 ごめんね、と少女は続ける。


「……約束、破ってごめんなさい。最後は笑顔でいようっていったのに、あの時笑顔でさよならいえなかった。今も出来ない目を合わせて話すっていったのに、今わたし目を合わせて話せない」

「……何でだよ」


 俺は、それしか返せなかった。


「わたしね、耳を塞いでいる手をとったら、全部聞こえてしまったんです。だから多分、目を開いたら、あの世界で目を覚ましてしまう。……帰りたくないよ、わたし」



 帰りたくない。フウは、確かにそういった。



 どうして。

 そう返したかったけれど、最後の一言が衝撃過ぎて、言葉が出なかった。




「……もう、何もかも嫌なの。死にたい。全部、終わらせたい」



 なあ、カミサマ。

 何が、フウを変えてしまったんだ?

                      ◆


「……全部、終わらせたい」


 どうして、出会ってしまったんだろう。

 何度それを考えたことか。


 ケンちゃんが自殺しようとしたとき、驚いてしまって幽霊であることを忘れて、彼に触れてとめた。

 あの時、何故幽霊であることを忘れていたのだろう。

 忘れていなければ、触れることは無かった。わたしが止めたって、そうやって諦めた。……そのまま彼も、苦しまないで死んだはずだ。

 忘れたまま、彼と楽しい時間を過ごして、

 思い出したときに……生きていた頃の苦しみを思い出すなんて。


「……なあ、フウ。教えてくれよ」


 ケンちゃんが、聞いてくる。

「あれだけ、生きていくことに前向きだったお前が。あの世界を好きだといっていたお前が。どうして、ここまで変わってしまったんだよ」


 至極当然の質問だ。あれほど、自殺志願者のケンちゃんに向かって、沢山綺麗ごとを本気でいっていたんだから。

 わたしのせいで一番傷ついたのは、きっとケンちゃん。だから、責められても仕方が無い。



 そして、そんなケンちゃんの質問に、答えなくていい理屈がわたしには思いつかなかった。