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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『間章』更新!】 ( No.134 )
- 日時: 2012/12/06 22:20
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
◆
「……変わってないよ、わたしは。こっちが、本当のわたしなの」
フウは、ポツリ、と話す。
「……あの時のわたしは、全部嘘なの。嘘。本当は、そんな事、微塵も思っていない」
途切れ途切れに、何てことなくフウは話す。
けれどその言葉は、俺にとっては青天の霹靂だった。
「憎んでもいいですよ。当然ですよね。だって、わたしは貴方を沢山騙した。沢山嘘ついた。勝手に居なくなった」
クク、と喉を鳴らす。恐らく笑おうとしたのだろう。
だがそれは失敗して、フウは鳴らすのをやめると、恐ろしいほどに冷静な声でいった。
「……判らないんです。もう、自分が何を望んだのか、どうしたいのか。ケンちゃんと過ごした時間はとっても楽しかったハズなんです。でも、……どんなことをしたのか、何が楽しかったのか、判んないし、忘れちゃった」
忘れちゃった。そのいい方が、引っかかった。
まるで、辛いものを、茶化しているように聞こえた。
「……だからもう、気が済むまで罵倒したら、帰って。わたしは帰らない。ううん、帰れないの」
どうして、という前に、俺は気付いた。
だらんと下がった手と、曲げた足の先は、水の中へと浸透していく。
けれど、深い色をした透明な水面の上からは手足が見えず、それは水と同化しているように見えた。
「お前、手と足っ……!」
「この奥はね、本当の冥界にたどり着く場所なんだって。わたしとケンちゃんは、魂だけ出来ているけれど生きている状態……仮死状態だから、ここに一時的に居られる。だけどね、もう既に手足が動かないんだよ。このまま、沈めばわたしは死ぬ」
手足が動かない。命令しても、動かないということは、生体電気が届いていないということ。
つまり、脳死は刻々と迫っているということ。
雪乃さんのいっていた意味が、今更になって判った。
本当に、後が無い。時間も無いのだと。
そして、ここで失敗すれば、もうやり直しは効かない。
けれど、何を彼女にいえばいいのか、判らない。
そもそも、彼女がこんなことをいうなんて思わなかった。一言二言いえば何とかなると甘く見ていた。
なのに、俺には判らないんだ。
彼女が何でここまで苦しんでいるのか判らない。
だって俺は、幽霊だとバレて責められると思って苦しんでいるのだと、ずっとずっと思っていた。
だから、謝ろうと思ったのに。幽霊だって気付けなくてごめん、でも俺は、フウが幽霊だと知っても、一緒に居たいと思っていたと。
それにキミは生きているのだから、またあの日と同じように過ごせるのだと、そういおうと思ったのに。
彼女は他にも、苦しんでいたなんて、知らない。
あの日のキミのいっていたこと、笑っていたこと全てが嘘だったなんて、気付かなかった。
理由も原因も、どうすれば彼女を救えるかも、判らない。
俺が何かいえば、傷ついてしまうんじゃないかと思うと、迂闊な励ましも、安い慰めも、なにもいえなかった。
彼女の痛みを何も知らない俺が、何かをいえる資格があるのだろうか。
フウが望んでいる『死』を、止める権利はあるのだろうか。
覚悟していたはずの重さは、今更になってのしかかってきた。
◆
ケンちゃんから責められるのは、当たり前だよなあと思った。
だって、理由無く散々傷つけたり、振り回したりしたのだから。
せっかく、ここまで来てくれたのに。わたしをわざわざ、助ける為に。
チクリ、と胸が痛んだ。
「(まただ、また)」
さっきから、胸が痛む。
さっきから、おかしいよ、わたし。
だって、死にたかったんでしょう? あの世界はもう、こりごりなんでしょう?
死んでしまえば、楽しいことも、辛いことも、全部感じないようになるんでしょう?
なのに、何で。
そこまで思って、わたしは考えるのを無理やり止めた。
とにかく、ここから立ち去って欲しい。
「もう、嫌なの。何もかもが嫌。どうせ、何時か人は死ぬ。死ぬの、どうせ」
ほら、さっさと罵倒してよ。そして帰って。
肺に無理やり押し込んだ黒い靄が、一気に放出されるようだった。
「楽しい時間がすごせても、人と分かり合えたと思っても、正しいと思っても、全部全部終わるの! 幸せな人も、辛い人も、悲しんでいる人も、どうせ何時か皆死ぬんだ! だったらも終わらせて!!」
もう嫌。もう嫌。
これ以上、キミの顔を思い出すのも嫌なの。
「わたしが悪いんでしょう!? 今わたしが苦しんでいるのも悲しんでいるのも、全部わたしが居たから! 父さんも母さんも兄さんたちもケンちゃんも、出会った人たち皆良い人たちだった、その良い人達を苦しめたんだから、わたしのせいだよ! だったら死なせてよ!!」
死なせて。死なせて。
嫌ってよ、お願いだから。
——全部、全部終わらせてよ。
『生まれなければ良かった』。
あの日の父さんの言葉が、頭から離れられない。
あの日を境に、わたしたち家族は、崩壊してしまったのだと思う。……ううん。あの日からじゃない。病弱なわたしが生まれた日から、家族が崩壊するのは、既に決定付けられていたんだ。
全部、わたしのせいなんだ。
「もうあの世界で、わたしを知っているのはキミだけなんだから! わたしが死んだって、誰も悲しまないんだから!! キミだって思うでしょう、わたしのせいで!! だってキミは、何にも悪いことしてないのに、ただ、苦しいから死のうとしただけなのに、わたしの身勝手な思い込みや嘘のせいで、キミは死ねずにまた苦しまなきゃならなかったんだから!! わたしが幸せで居るよりも苦しんでいるほうが、精精するでしょうが!!」
ねぇ、キミは何ていうのかな?
わたしのこんな醜い姿を見て、どう思うのかな?
きっと、嫌ってくれるだろうね。
この姿を見て、諦めてくれるだろうね。
そしてこのまま帰って、生きてくれるだろうね。
そう、思ったのに。
「——ふざけるんじゃねえぞ!!」
彼はあっさりと、間髪入れずに、わたしの期待を裏切ってくれました。