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Re: 臆病な人たちの幸福論【『間章』更新!】 ( No.135 )
日時: 2012/12/06 22:24
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode


                    ◆


 気付いたら、乱暴な言葉が出ていた。

 俺の怒号に合わせて、水面が震え、波立った。けれど相変わらず、俺とフウは沈んではいない。

 きっと俺たちが生まれた世界には居ない小鳥が、俺の怒鳴り声にビビって飛び立った。



「ふざけんなよ!! 何勝手なこといってんだ、何勝手に俺の価値観決め付けてんだ!!」


 本当は、こんなこといっちゃいけないのかもしれない。腹の底から声を上げながら、そう思った。


「自殺しようと決めて、それをお前に止められて、お前から仲良くして来たくせに勝手に居なくなって憎むなんて、そんなに俺はちっぽけな人間かよ!?」


 俺だってフウのこと、何も知らない。知らないのに、「助ける」とか、「救う」とか、偉そうなことばっかりいって。

 フウのことが、フウが苦しんでいることが、判らない。


「勝手に居なくなったのは確かに腹が立ったけれどさ!! でもそんなの、一言ごめんっていってくりゃいい!! たったそれだけのことじゃねえか!! なのに何もいわないで、こっちの気持ちも知らないで、何勝手に死のうってしてるんだ、そんなのただの逃げじゃねえか!!」



 判らない、けどさあ。

 知っていたよ。キミが、優しいのも、強いのも、よく笑う奴だってことも。

 ——よく泣くし、脆い奴だってことも、知っていたよ?




 俺は声を張り上げるのが、あまり得意ではない。

 喉は痛いし、本当に腹から声をあげたから、身体にだるさが残る。

 俺は、倒れるようにフウの身体を抱きしめた。


 いつもの俺だったら、恥ずかしくて出来なかった。

 けれど、今はそうしなきゃ、フウに届けられないと思った。



「アレが、嘘であってたまるかよ……」



 掠れた声だったから、ちゃんと届くように、耳元でいった。


 自殺しようとするまでは、本当に憂鬱で、苦しくて、辛かった。

 けれど、自殺する前に、キミが止めてくれた。

 キミと話す時間があったから、キミが居てくれたから、死ぬ気なんて失せた。



 あんな楽しかった時間が嘘だったなんて、俺は認めない。

 フウの笑顔が嘘だったなんて、認めない。



「気付けよ、お前。人は一つだけの感情じゃ成り立ってないんだ。楽しいって思うのと同時に、寂しいって思うのは当たり前なんだ。あの時笑っていたお前も、今苦しんでいるお前も、全部全部本当なんだ」




 ここまでいって、俺は判った。



 フウは、変わった訳じゃないんだ。

 あの時笑っていたことも本当で、あの時だって今と同じように、苦しいモノを抱え込んでいた。

 それが、表に出ただけで、変わった訳じゃないんだ。


「……怖いよな、自分が自分でなくなっていくのは」


 ポツリ、と俺は零す。


「何が苦しいのか判らなくて、でも、それをいったら心配されるか、否定されるかもしれないからいえなくて。……溜め込んで溜め込んだら、わけが判らなくなる」


 そういった俺は、一人でフウの見舞いを続けていた頃を思い出す。

 あれほど覚悟を決めたはずなのに、いざ一人で行動を起こすと、心細かった。

 ただ手を握って語りかけるだけなのに、一人でやろうとすると、本当に怖かった。


 そんな風に思っちゃだめだ、俺の覚悟はこんなものなのか、と自分を叱って。

 でもたった一言で、覚悟は一瞬にして砕けて、ふて腐れて閉じこもった。

 もう、どうにでもなれと。

 フウが死んでしまっても構わないと、あの時は思ったかもしれない。



「お前の気持ちが判るなんていえねーし、軽々しく励ますことも出来ない。多分、お前の気持ちは一生、俺には判らないかもしれない。……でも違うんだよ、そうじゃないんだよ!! 判らないからといって、お前がこのまま終わっていくなんて、見たくないんだよ!! お前は自分自身を見失って傷つけるのが怖いっていったけど、でもこのまま死ねば、お前はもっとお前自身を見失っちまって、それ以上判ることは無くなるんだよ!!」

「ケンちゃん……?」



 フウの震えた声に、俺は気付く。

 俺もフウも、泣いていた。

 喋っていた言葉に、何処に涙を流す理由があったのだろう。ふと思ったが、そうではないと思った。



「凄く薄っぺらい綺麗事だって判ってる、お前の傷を更に抉るようなことをいってるって判ってるさ! でも違うんだ、理屈じゃないんだよ!! お前に死んで欲しくないって思うのは、お前がどれ程苦しんでいたことを並べてくれても聞かされても、やっぱり絶対に心の底から思ってしまうんだよ!!」



 そう。そうだったのだ。

 フウのことを何も知らない俺が、何かをいう資格も権利も無ければ、助けたい理由も理屈もなかった。ただ、俺が『想った』ことなのだ。


 人を傷つけていい理由は、何処にも存在しない。

 けれど、人が傷つく理由も、何処にもないのだ。

 人が悲しむ理由も、人が笑う理由も、人が苦しむ理由も、人が無く理由も、人が怒る理由も、本当は存在しない。ただ、そうあっただけのことだった。

 そして、生まれる理由も死ぬ理由も、……何処にもないのだと。


 理由とか理屈は、『その人に都合がいいように作られた』モノ。つまり、解釈といってもいいと思う。

 ルールとか法律とか、そんなものも、『大人数が都合のいいように作られた』モノなのだから。そしてその理由と理屈は、大人数が納得をしているから、仕方が無いのだと皆が思う。



『考える』のではなくて、『思う』のだ。

『想う』のではなくて、『思う』のだ。



 軽く考えて、従うだけ。

 その方が、楽だから。それをちゃんと守っていれば、理不尽な出来事を防ぐことも出来る。



「(でも、だからこそ、理屈とかルールは人を縛る)」



 理屈が無ければ、理由が無ければ、人に共感してもらえない。納得してもらえない。

 だから、自分が判らなくなるという事は、他人に認められないのと同じことなのだ。



 そして人は、中々その『理屈』や『ルール』を、打ち破ることは出来ない。



「けど……けど俺は、あの世界にはそれだけの人間しか居ないわけじゃなかった。理由とか理屈とか、んなこと判らなくても、俺の気持ち全然判らなくても、助けようとしてくれる仲間が居た! 居なかったんじゃないんだ、俺が閉じこもって気付かなかっただけで!
お前も同じなんだよ。お前が気付かないだけで、お前を助けようと、何も知らないけどとにかくガムシャラに手を差し伸べている奴だっているんだ。お前が幸せにならなきゃ、助けようとしてくれる奴は何時まで経っても報われないんだよ!!」