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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第七章』更新!】 ( No.141 )
日時: 2012/12/12 22:26
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

最終章 やっと、春を迎えました


 あの日から数えて、一週間。

 その前に一ヶ月間俺はここに通っていた。そのお陰で殆ど間取りを覚えてしまったと思う。

 だが、一週間ぶりにここを訪れると、何だか久しぶりに訪れたように感じた。


 ドアを開けると、何の汚れもない真白なベッドとカーテンが、目に焼きつく。

 その真白な背景のせいか、色がついたフウは、何処か浮世離れしているように感じた。




「久しぶり、ケンちゃん」



 穏やかな風が流れた。サラサラとカーテンと共に、濡れ羽色のフウの髪が揺れる。

 楕円型の瞳は、やはり何処か寂しげな色を伴って、フウが綺麗に笑っても儚げにしか見えない。



「手術、成功しました」




 そういったフウの足は、もう無い。

 その事実を改めて知らされた時、何かがポカリ、と抜けた。










 確かに、世界は辛いものだけじゃない。

 けれど現実は、そう甘くはなかった。



                   ◆



 目が覚めたとき、俺は入院している患者さんが使うベッドの上に寝転がっていた。

 辺りを見渡せば、ここは個室のようで、傍には紫と淡いピンクの着物を着た、見たことの無い上品なお婆さんがパイプ椅子に座ってる。

 見たことは無かった。だが、知っているような気がした。何だか、不思議なおばあさんだった。


 ここまで確認出来たとき、今までのことは夢か? と思った。

 だがそれは、すぐに否定される。

 お婆さんが小さくも良く通った声で、「お主が待っている人は、たった今意識を取り戻したそうじゃよ」といってくれた。

 お婆さんが指している人がフウだと判るまでに、そう時間はかからなかった。

 お婆さんに、俺は軽く礼をいって、慌てて集中治療室に駆け込んだ。




「……やれやれ、慌しいこと」


 そうお婆さんが呟いたことを、俺は知らない。














 廊下は走ってはいけない。

 そんな常識はすっかりどこかへいってしまうほど、俺は興奮していた。



 走れ。
 走れ。



 もっと、もっと早く。早く、早く。


 辿り着いた場所には、杉原、杏平さん、そして——。




「フウ!」




 目を覚ましたフウが、そこに居た。

 杉原たちは、フウを囲むようにして立っている。


 その姿を確認したとき、ゆっくりと、全身が熱くなった。

 走ったせいか、それとも興奮しているせいか、心臓がバクバクと鳴っている。いや、心臓だけじゃない。体中に巡っている血管全てが、脈を激しく打った。





 ——全部、全部終わったのだ。

 最高の、ハッピーエンドに終わったのだ!!

 あれほど、焦がれていた終わりが、今目の前にある。





 何ともいえない嬉しさは、しかし、すぐに終わりを告げた。









「……痛い」





 フウが、呟く。

 そして、——彼女は、叫んだ。