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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第七章』更新!】 ( No.142 )
日時: 2012/12/12 22:29
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode


                   ◆


「まさか、あの時足が腐っていたなんて、気付かなかったですよ」



 ケラケラとフウは笑う。

 それを横目に、俺は持ってきた花を花瓶にさして聞いていた。



「あんな痛み、生きてて中々味わえないもんです」

「しょっちゅう味わってたら、おま、何処の軍人? って聞きたいわ」



 俺が突っ込むと、フウは面白そうに笑った。笑い事じゃないっての。



 あの後、フウは足が腐っていることが判明。手も、麻痺しており動かない状態だったが、リハビリをすれば元に戻ることが判った。だが、腐ってしまった足は、切断するしかなかったのである。

 それから一週間、俺は院長先生から面会を拒否された。ようやく、許可がもらえたので花を持ってやって来たと、こういうわけだ。



「でも、笑えるよね。幽体時代の時は足があったのに、肉体に戻った途端足が無くなったって」

「笑いたいが笑えねえ事実だ、ダアホ」



 ……コイツ、ダイジョウブか?

 足が無くなって、ショックを受けたと思ったら、この明るさ。ショックのあまり頭のねじが何処かへいったのか?

 そんなことを考えていると、フウがジト目で見つめてきた。





「ケンちゃん……失礼なこと考えているよね?」

「ケンちゃんいうな」



 だが、失礼ないことを考えていたのは謝罪しよう。

 そういったら、「そんな気ないでしょ!?」と突っ込まれた。何故バレた。



 フウはゆっくりとため息をつく。

 息の音が、風の音に紛れた。



「……何となく予想はついていたんです」

「予想?」



 俺が聞き返すと、フウは苦笑いで返した。


「……ほら、夢想の世界で、わたしの手足、池に突っ込んでいたでしょう。底が冥界に繋がっている池に」


「……あ」




 そういわれると、成程、と思った。

 確かに、足と手が沈んでいた。そして、手よりも足のほうが深く沈んでいた。

 池に沈めば、その分だけ死に近づくと、あの時のフウはいっていた。


 つまりあの時点でもう、フウの足が切断されることは決まっていたのだ。







 ——間に合わなかったのか、と俺は思った。

 どんなに綺麗ごとをいっても、どんなに頑張っても、結局俺はフウを思うように助けることが出来なかったのだ。


 もっと、早く助け出せば。
 もっと、早く動けば。


 ぐだぐだ悩んでいるうちに、フウの足はもう戻らなくなってしまった。

 取り返しがつかないことがあると、今ようやく思い知った。




 ……足がなくなるということがどれ程大変か、俺には想像がつかない。

 けれど、人と同じようなことが出来なくなってしまうというのは、怖いことだと思う。

 手も、リハビリすれば治るっていうが、その過程がとても痛く辛いものだっていうことは、何となく判った。

 今まで辛い思いをしたフウに、また辛い思いをさせなければならないなんて、何て俺はバカなん……。





「ケンちゃん」

「っへ?」




 落ち込んでいると、フウがドアップで写っていた。どうやって、と思ったが、器用にベッドの上を移動したようだ。

 ……いや、そんなことはどうでもいい。それよりもこの指の構えはッッ!!



「でや!」


 ピンッ! と、フウは人差し指を弾く。

 ——やっぱデコピンだった!!




「いだあああああああああ!!」




 しかもこのデコピンは本当に痛い。三分ぐらい転げまわってないと辛い。


 やはりというべきか、俺は不衛生な床を転げ回った。



「あのさあ、ケンちゃんわたしを見くびってない?」


 フウが大げさにため息をついた。話し声も若干棘があるし、目元には影を作っている。しかもどこぞのヤがつくお仕事の人のように、腕を組んで仁王立ちしている。

 ……何か、いや、確実に怒ってる。


「足がなくなったぐらいで怯えるほど、わたしは弱くないの。ってか元々、わたしは病気持ちだったんだよ? こんぐらいでガタガタいうほど、子供じゃないです」

「いや、足がなくなった事実は、『こんぐらい』の一言で済ませることでは……」

「異論は認めません。わたしが決めたことですから」



 キッパリとした口調で、フウは遮った。



「生きようって決めたのも、足をぶった切ったのも、全部わたしが選んだ選択です。例えそこにケンちゃんの助言があろうが、足をぶった切るしか方法がなかろうが、結局選んだのは自分自身ですから。自分が選んだ責任ぐらい、自分で取れます。バカにすんな」




 ……お、おおう。

 怖い。背後にオーガが。鬼が見える。


「……ですが」フウは顔を緩めた。

 今さっきまでのギスギスした空気が、嘘みたいに霧散される。




「わたしを助けてくれたケンちゃん、そして見守ってくれた皆さんには、ちゃんとお礼をいわないとね。ありがとう」

「あ、いや……気にすんなよ、俺何いったか覚えてないし」

「わたしは覚えています。ってか、自分の言葉忘れるとか、どんだけ無責任なんですか」

「す、すいません」


 とりあえず謝った。ってかまたか。

 あれ、フウすれてない? 何だか若干、Sっぽいんだが。あの純粋なフウは何処にいってしまったんだ。