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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『第七章』更新!】 ( No.144 )
- 日時: 2013/01/07 15:50
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
◆
耳障りな機械の音が鳴った。
その中で、無駄にだだっ広い体育館のステージの上には、『本日司会』と書かれたたすきをかけた、上田が居た。
「はああああああああい! それでは今から、『退院おめでとう! 宮川諷子を迎える会』を始めたいと思います! 司会はこの俺、上田が勤めさせていただきます!!」
「いよっ!」
「頑張れー、上田!!」
見事なまでの司会の挨拶に、拍手と歓声が沸きあがる。
その隣では、司会と同じような、しかし『本日主役』と書かれてあるたすきをかけた、フウがはしゃいで拍手をしていた。
あれから、二ヶ月が過ぎた。
フウは驚異的な回復力と根性を持って、リハビリを見事こなした。手も殆ど普通に動かすことが出来るようになった。膝関節が残っているため、足の義足も慣れていないせいで付け根が痛むらしいが、慣れれば走れるようにまでになっている。最近の義足は凄いな、正座まで出来るそうだぞ。
その間に、俺たちの桜の絵活動は、雪だるま式に拡大していった。
なんと、全学年の暇な人たちが手伝ってくれたのだ。とうとう、体育館を使ってまでの大作業となった俺らの活動は、やがて近隣の大人たちにも伝わることとなる。
最初に拠点としていた、図書室を使わせてくれた司書のダメナコは、あろうことにフウを養子として迎えたいといいだした。
これには俺も驚いた。だって、ダメナコは、昔実の息子を亡くしていたのだから。
けれど、今回の活動を通して、ダメナコにも何か考えが変わったらしい。天涯孤独であるフウが、その申しを断るはずが無かった。正式に決まった後、フウもダメナコも喜んでいた。ちなみに、ダメナコ曰く旦那も喜んでいたそうだ。
そして、フウのことは、記事になるほど有名になった。
まあ、唯一冬眠して、半世紀変わらず生きて帰ってきたのだから、有名にならないほうがおかしい。そして、そのフウの為に起こしたこの桜の絵活動も、全国でも地元でも新聞になった。……ほら、今でも地元のケーブルテレビ局が、カメラで写真撮っている。
更に驚くことがあった。何とフウは、何の試験も受けずに、今年の夏からうちのクラスに転入することとなったのだ。
これには流石に『大丈夫か?』と思ったが、うちの担任が教育委員会におど……いや、なんでもない。とにかく、問題は無いらしい。
今は実は夏休み間近だが、しかし受験生の俺たちにはお盆休み以外に休みは存在しない。悲しいことである。しかも、絵活動の為停止していた学業の遅れを取り戻すために、今年は本当に休みが無いらしい。うう、辛い……。
そんな悲しさ辛さを紛らわそうと大騒ぎ。皆が皆浮かれていた。
うちのクラスも、そうじゃない学生たちも集まって、食べて、笑って、楽しんでいる。
その中で、フウも楽しそうに、混じっていた。
「フウーちゃん!」
「フウー!!」
「雪ちゃんっ、萌ちゃんっ」
特に、杉原と今井はフウに懐いている。
容姿も性格も正反対な二人に挟まれ抱きつかれるが、フウは全然嫌がらず寧ろ嬉しそうだった。
「……いやあー、でも春過ぎちゃったねえ」
「いくら桜の絵描いても、やっぱり桜見せたかったねえ」
二人が、同時に呟いた。
が、フウは何かに気付いたようだ。
そしてフウは、意味深な言葉を呟いて、笑う。
「……いいえ。やっと、春を迎えました」
フウの視線を辿ると、そこは全快に開いた窓。
その先を見つめると、俺はハハン、と思った。
その言葉に、やっぱり判らない杉原と今井は、首をかしげていた。
窓の先には、青々とした葉に隠れて、桜の花が一輪咲いていた。
これが終わりではない。
さあ、ここからがスタートだ。
やっと、春を迎えました、と呟いた二人は
(何だか、誰の仕業で咲いたのかが判った気がして)
(その視線に気付いた春の神様は、こっそりため息をついた)
もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云つたとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとはとうめいな軌道をすすむ
第二部 完