コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な幽霊少女【泣き虫な文学少年編、スタート!】 ( No.15 )
- 日時: 2013/01/26 10:41
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
数日後。何時も通り、俺はここで本を読んでいた。
この部屋は、俺の引きこもりには丁度良い場所だ。俺は人と関わるのが大の苦手で…というか、面倒くさくて、教室に居るのは億劫だったから、休み時間はここで本を読んでいる。
何時もだったら、ドアを閉めて読んでいたのだが、その日は埃が酷くて、空気を入れ替えなきゃとても居られなかったので、そのままドアを開けっ放しにして読書に没頭していた。
そしたら。
「……」
顔を半分出して、こちらを覗きこんでいるアイツが居た。
「……」
「…………」
……うん、これどうしよう。
無視しようかと思ったんだが、ずっと見つめてくる。
何で、俺に構ってくるんだ?
俺はアイツのことなんて知らない。制服を着ているとなると、この学校の生徒ではあるようだが、名前も、学年も、組も、顔すら見覚えない。
なのに、アイツはあそこから動こうとしなかった。
ふう、とため息をつく。
俺が声をかけない限り、アイツはずっとあそこに居るつもりだろう。ちょっと目障りだ。
観念した俺は、本を閉じて、アイツに向けて手招きをしてみた。
すると、アイツは嬉しそうに笑って、俺の隣に座ってきた。
俺はまたすぐ本を開く。
「何読んでいるの?」
キラキラとした目で、聞いてきやがった。
鬱陶しい、と思う。そんなの、背表紙見てわかれ。ってかそもそも、聞いたところで読まないだろ。
心の中で悪態をついた。普段だったら、口に出していたはずなのに。
「注文の多い料理店」
スルリ、と返答が言葉として現われた。
「宮沢賢治の話が好きなんですか?」
「…ああ」
そう返すと、更にアイツはキラキラとした目で「わたしも!」と、つらつらと自分が好きな作品を述べてきた。
それに、ちょっと俺は嬉しさを感じた。誰も、宮沢賢治の話が好きな人は居なかったから。
俺の父は、宮沢賢治の話がとても好きだったらしい。
俺の名字は母方から貰った、「三也沢」だ。しかも、父親は婿養子だったので、ふざけて「健治」にしたそうだ。
…ふざけて決めるなよってツッコミたいところだが、でもまあ、そのお陰で宮沢賢治に興味を持ったわけだし、文句はない。
その後、アイツとはかなり話し込んだ。
といっても、一方的にあっちが話して、こっちは適当に相槌を打って本を読んでいただけだが。
その話の中で、お互いに名前を教えあって、日が暮れだした頃にお開きとなった。
アイツの名前は、宮川諷子。
俺は、フウ、と呼ぶことにした。
その、次の日も。そのまた次の日も、アイツはここに遊びに来ては(一方的に)喋ったり、本を読んだりした。
何時も、無駄なほど明るい。フウは、飽きないのだろうか。こんな、自分から話すこともしない、何時も本ばっかり読んでいる俺と話していて、何が楽しいんだろうか。
何てことを聞いてみると、フウは不思議そうな顔をして聞いてきた。
「ケンちゃんは、わたしと一緒にいて、楽しくないんですか?」
「ケンちゃんいうな」
条件反射で返してしまった。
小さい頃から「ケンちゃん」と呼ばれた俺は、その渾名が大っ嫌いだ。一応フウにもいっておいたんだが、どうやらこのまま定着させようと目論んでいるらしい。
「…楽しい、ねぇ」
俺は背もたれに体重をかけた。
…ぶっちゃけ、あんまり考えたことなかった。
「…え、楽しくないんですか?」
「んなことはいってないだろ」
少し顔を暗くさせるフウに、俺は突っ込んだ。
ああ、もう、面倒くさいなあ。
「ってか、何で疑問を疑問で返してくるんだ、お前は」
「や、だって」
俺の質問に、フウは、苦笑いしながらいった。
「ケンちゃんが楽しくなきゃ、つまらないよ。わたしはケンちゃんの隣にいるだけでも楽しいけれど、ケンちゃんに迷惑かけてるなら、嫌だし…」
そういって、シュン…と身体をちぢこませる。
その後、何とも言いがたい沈黙が、俺にのしかかってきた。
…ヤバイ。どうしよう。
この沈黙、耐え切れない。
「い、いや、別に迷惑なんて思っちゃ居ないぞ!?」
ガタ、とイスから立ち上がって、俺は必死に弁解した。
「いや、ただな、俺何時も相槌うってるだけで、後は本読んでるだけじゃないかっ?」
なにやってるんだろう、俺。
「なのに、お前何時もヘラヘラ笑ってるからさ…」
どうして、こんなにも必死になってるんだろう。
誤解されることなんて、何遍もあった。だからもう、慣れっこだったハズで。
誤解を解く事なんて、面倒くさくなって、ほっとこうって思っていたのに。
なのに。
「何がそんなに楽しいんだろう、って…」
コイツがしぼんだだけで、何でこうも慌ててしまうんだろう。
もう、人なんてどうでもよかったのに。自分のことさえ、どうでもよかったのに。
「俺は…別に、楽しくないわけじゃないんだけど、でも、何でこんな俺に話しかけてくるのかな、って…」
——コイツだけは、どうでもよくはなくなってきてるんだ。
ガタン、と、イスがひっくり返った。
目の前には、フウが立ち上がって、俺の口元に人差し指をたてている。
「…そんなこと、いわないでよ」
泣きそうな顔で、フウは笑った。
「こんな俺、なんて卑下しないで。
ケンちゃんが居ないと、わたしは楽しくないよ。
ケンちゃんが居ないと、わたしは寂しいよ」
ね、とフウは満面の笑みに変わった。
泣きそうになった顔は、あっという間に霧散した。
それからフウは、驚かせちゃってごめんねー、と苦笑し、倒れたイスを立ち上がらせ座った。
そして、何時も通りに一方的な会話が始まったのだ。
見たことなかった。
何時もニコニコ笑っていたフウが、こんな顔をするなんて、知らなかった。
◆
家に帰って、何となくベッドの上でゴロゴロと転がる。
ポツリポツリ、と思い出すのは、アイツの泣き笑い顔。
——……結局俺は、アイツがなんなのか、よく知らない。
知らないから、気になるんだろうか。あの笑みが。
何を思って、アイツはあんな風に笑ったんだろう。
『ケンちゃんは、楽しくないの?』
アイツが贈った質問の答が、見つからない。
楽しい? ……わからない。
楽しいなんて感じたこと、思い出せないほど昔のことだ。
だけど。
今、アイツが俺から離れたら。
アイツに嫌われたら……。
俺は爪が食い込むほど、真っ白なシーツを握り締めていた。