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Re: 臆病な幽霊少女【泣き虫な文学少年編】 ( No.16 )
日時: 2013/01/26 19:41
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

                      ◆

 その一ヵ月後。


「ケンちゃんは」
「ケンちゃんいうな」


 何時も通りの場所で、何時も通りの会話。
 けれど、今日は少しだけ、様子が違っていた。


「どうして、あの時、自殺しようって思ったの?」



 その問いに思わず、俺は手を止める。
 何時もヘラヘラと笑っているフウは、真顔で居た。
 ……冷たい瞳が、俺を捕らえる。

 あの時と、同じ。
 自殺をはかった、あの時と同じだ。


「…人と付き合うのが、怖くなった」


 一呼吸置いて、俺はいう。


「俺は、臆病だから」


 それ以外の理由もなかった。
 この言葉以外、ふさわしいモノはなかった。


 俺の家は旧家で、今もまだ地元に影響を与えている。
 俺が物心ついたとき、両親は離婚していた。恐らく、大喧嘩したのがきっかけだろう。顔なんてもう忘れていて、父親なんて居ないも同然だった。
 母親は仕事で忙しくて、顔を合わせるのは一ヶ月に一回。しかもその際に、罵声を浴びさせられる。顔が、父親似だからそうだ。
 育てられたのは世話係の人たちで、叱られることはあっても、褒められることなんてあまりなかった。


 話しかければ、「話しかけてくるな」といわれ。
 俺が失敗すれば、「わたしたち忙しいんだから」といわれ。
 だから、もうあの時から、人と関わるのは止めようと。
 人に頼るのは止めようと。

 そう、幼心に誓ったんだ。




 ……けれど。学校に上がると、案外、周りの奴は、気の良いやつらだった。
 無愛想な俺に、何度も何度も断られても、何度もしつこく遊びに誘ってくれたし。
 誰が見てもどう見ても陰険の塊にしか視えない俺なのに、いじめられることはなかった。
 けれど、踏み出せる勇気が、俺にはなくて。

 結局、知り合い以上、友だち未満で終わった。

 高校生になると、知り合いは一人も居なくて。
 俺は一人が楽だって思って、一人を選んだ。

 …いや、違うな。
 一人が楽だって、思い込んだんだ。

 一人になって、やっと『独り』が、
 必要とされていないという事実が、怖いことに気付いたんだ。


「…わかるよ」


 フウが、口を開いた。


「その気持ち、良くわかるよ。わたしも、そうだったから」
「…え?」


 フウは、うっすらと笑いながらいった。


「わたしもね、怖かったの。人と付き合うのが。
 何時か、捨てられるんじゃないかって。捨てられたら、わたしの生きてる価値ってなんなんだろうって。
 …ずっと、怖かった。だから、迷惑かけないように、心配かけないように、…捨てられないように、笑い続けた。ごまかし続けてきた。
 怖かったよ。……そう、死にたいほど怖いんです」


 そう、苦笑いしながらいうフウの姿は。
 ——まるで、自身を見ているようだった。



 でもね、とフウは続ける。


「でも、それだけじゃない。ちゃんと、ありのままの自分を見てくれる人がいるってことを、わたしは知りました。
 心配も迷惑も、わたしの弱さも、全部受け入れてくれる人が居るって。全部じゃなくても、わたしのほんの少しだけでも、周りの人たちはわかってくれているって。
 ——だからわたしは、この世界は捨てたもんじゃないって思っています」



 そこで、フウは満面の笑みに変わった。
 冷たい瞳も、少し、温かく感じた。


 ああ、コイツは。
 どうして、俺が期待した言葉をいってくれるんだろう。


「…なあ、フウ」


 いわないと。
 ちゃんと、言葉にしないと。


「俺はさ、この世界が何もかも嫌で嫌で仕方が無かった。
 だから、死のうって思った。今でも、ひっそりと思っているかもしれない」


 俺は、フウのことは何も知らない。
 フウも、俺のことは何も知らない。
 でも。


「『生き方は選べる』。フウはそういってくれた。
 その言葉で、俺は少し前向きになれたんだ」


 あの日、満月の綺麗な夜。
 フウは自殺を止めてくれた。
 何も知らないのに、コイツは俺に話しかけてくれたんだ。


「——ありがとな」


 ポン、と頭に手を置いて、俺は笑った。

 やっと、いえた。
 やっと、笑えた。
 自分がこんな風に、笑えるなんて思えなかった。
 こんな風に、お礼をいえる日が来るなんて、思えなかった。
 少し嬉しさを感じた、その時だった。


「っう」


 フウが、小さな声を上げて。


「うわあぁぁぁーぁん!!!」
「!?」


 ——思いっきり、号泣した。


「え、え、え、なんで!?」
「ご、ヒック、めんヒック、あれ…ヒック、涙が、ヒック、止まらないよぉ……」


 俺は慌てる。けれど、あまり人付き合いをしてこなかった俺には、どうすればいいのか判らなくて。
 フウは泣く。俺はどうにかしようと思うだけ。考えても、現状を打破する策は浮かんでこない。ああもう、なんて役に立たないんだ。

 ——結局、フウが泣き止むまで待つことにした。





「……落ち着いたか?」
「…うん、ごめんなさい。いきなり泣いて」


 ばつの悪そうに、フウがいった。


「……いやこの場合、泣かした俺が悪いんじゃ……」
「ううん、ケンちゃんは悪くないよ。…今まで溜まっていたものが、綺麗に出て行ったみたい」


 俺の言葉を否定して、照れくさそうにフウは笑った。
 フウの笑顔も、何処となくスッキリしている。


「ケンちゃん」
「ケンちゃんいうな」


 この会話も、もう恒例だ。けれど、毎度のことながらフウは気にしない。ちょっとは気にしてくれ。

 フウは、赤くなった目を細めた。まだ少し涙が残っているせいか、瞳が潤む。透明な涙が反射して、煌いたように見えた。


「……ありがとうね」
「……ん」


 照れくさくなって、俺は視線を少しずらす。
 でも、悪くない、と思った。

 こんなむず痒さと暖かさなら。