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Re: 臆病な人たちの幸福論 ( No.178 )
日時: 2013/01/15 11:17
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode


「あら、武田君じゃない」

「あ、武田君」


 芽衣子さんと雪ちゃんが反応した。

 傍に居たのは、雪ちゃんと同じ図書委員の、武田静雄君が、そこに居た。



「こんばんは」



 ペコリ、と礼儀正しく挨拶する武田君は、名前の通り静かで、しかし行動力と観察力は高い、良い意味で予想を裏切ってくれる後輩です。

 身長は、平均の男子高校一年生より少し低く、目もたれ目で、雰囲気は穏やか。かと思いきや、文武両道でしかも部活は剣道部、腕っ節は全国レベルで通じる。真面目で正義感も強く、困った人は見過ごせない。そしてたまに悪ノリしたりもする。

 そして何よりも宮沢賢治の話が好きらしく、話が良く合う友人でもありました。




「よ、武田。相変わらず真面目だな」

「部活で夏休みは潰れるし、帰りは遅くなるから、どうせなら図書委員の仕事もと思いまして」

「あら。じゃあ、一緒にお茶にしない?」



 芽衣子さんが軽く誘うと、すみません、との言葉が返ってきた。



「今日、久しぶりに父が家へ帰ってくるんです。母が張り切って晩御飯沢山作るみたいだから、今お茶を飲んだら入らないと思うので……」

「そう。それなのに遅くまで、悪いわね」



 芽衣子さんが、珍しくしぼんだ声でいうと、いえ、と武田君は返し、テキパキと返却された本の整理をし始めた。


「やっぱり、武田君は真面目で良い子ですね」

「ホント、仕事がはかどるわー」

「ああ、ここでコーヒー飲んでいる司書に見習わせたいぐらいにな」



 わたしがいうと、雪ちゃんとケンちゃんの同意の言葉が添えられる。



「……何のことかしら。それに今はカウンター席で飲んでいるわよ」

「じゃ、訂正。『ああ、そこのカウンター席でコーヒー飲んでいる司書に見習わせたいぐらいにな』」

「訂正すればいいって話じゃないのよ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ……」




 あ、また漫才始まった。

 一日の間、どれだけ二人は漫才をしているでしょうか。『ギネス』というものに載ってもおかしくないのでは、としょっちゅう思います。

 本当、芽衣子さんとケンちゃんの漫才は、見てて飽きない。

 雪ちゃんも同じことを考えているようで、ククク、と喉を鳴らして笑っていました。





「……あの、この本、何処に整理すればいいですか?」




 不意に、無言で本を整理していた武田君がいった。

 珍しい。武田君は、どんな本が何処にあるかを全て暗記していると思っていました。そこまで彼は記憶力が凄いのです。



 武田君が持ってきた本は、わたしも見たことの無い本でした。
 とっても古そうな本で、所々傷やシミがついてます。
 表紙に書いてある題名も薄れてて、なんと書いてあるか判りません。けれど、ラベルがはがれてある後を見ると、図書室の本ではあるようです。



「見たことないし、ラベルが剥がれているので、何処に整理すればいいのか、判らなくて……」

「本当ね……。わたしも気に留めてなかったから、何処に整理すればいいのか判らないわ」

「凄く古いね。コレ何時の本?」

「ってか、この本今日返却されたんだろ? こんなボロボロの本読む奴が居るんだな」


 それぞれの反応は、言葉は違えど似たり寄ったり。

 ……わたしにも、知らない本があったなんて。新刊なら判りますが……。



 おかしい。
 こんなに古いのなら、わたしはいつか見ているハズです。



「この本、誰が借りたんだ?」



 ケンちゃんの素朴な疑問に、芽衣子さんは思い出そうと必死に考える。


「えっと……ああ、珍しい子だったわね」
「珍しい子?」



 きょとんと聞いたのは、雪ちゃん。


「そう。一年生だったと思うんだけど、あまり学校に来ない子で……」
「所謂、不登校って奴か」



 全くオブラートに包まないケンちゃん。まあ、別に蔑む意味でいったわけじゃないと思いますが。


 芽衣子さんも然程気にせずにいいました。



「そうなのよ。名前はパソコンで調べたら出るけど、プライバシーに関わるから調べなさんなよ」
「んなことしねーよ。橘じゃあるまいし」



 けれどきちんと釘を刺すあたり、芽衣子さんはちゃんと大人だな、と思いなおせることが出来ました。
肩をすくめるケンちゃん。確かに、ケンちゃんはそんなことはしません。芽衣子さんもそれを判っていったのでしょう。
 ……真っ先にケンちゃんがあげた橘君だったら、注意したら天邪鬼のように本当にしそうですけど。


「……あの、この本」
「ああ! ……そうね。こんな古い本でも読む人が居るなら、修理しましょうか」


 芽衣子さんの言葉に、そうですね、と武田君は返した。


「なら、僕が家に持ち帰って修理します」
「え、いいの?」
「どうせ先生はしないでしょう」


 武田君の言葉に、「どうせは余計よ」と、芽衣子さんは口を尖らせていった。

 ……芽衣子さん、あんま可愛くないです。





 というわけで、この本の修理は武田君が行うこととなりました。

 本を鞄に入れて、武田君はそれじゃ、と図書室を後にする。

 本棚を見ると、キチンと整理されていて驚いた。掃除までされていて、本当に彼はそつなくこなすな、と改めて感心したのは、また別の話。





 ——……でも、気のせいでしょうか。
 本を鞄の中に入れた一瞬、彼が少し、顔を暗くさせたのは。



 そんな風に思ったのは、どうやらわたしだけのようで。
 気のせいか、とわたしはすぐに思い直しました。