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Re: 臆病な人たちの幸福論 ( No.188 )
日時: 2013/01/07 16:59
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode



「……そいぎ、先生」

「何?」

「……あそこの席におる女の子、見えー?」



 こっそりと瀬戸君が指指したのは、やっぱし女の子。
 しかも、見たことのある女の子だった。



「……あの子は……」

「上田っちの妹……玲って名前だったと思うったい。一度、本人と会うたことがある」



 そう、噂の不登校少女。
 あのボロボロで古い本を借りた本人だ。


「ここに来た時、すっごいひーたれてたけんどないしたんやろ、って心配になって……店長も気になったみたいですけん、暇なオレにちょっち見とってっていって……」

「泣いていたの? あの子」


 私が聞くと、瀬戸君はコクン、と頷いた。


「一時間して収まったみたいやけど……やっぱ気になるモンは気になって。上田っちの妹ってことは、全くの赤の他人じゃないきん、何とかしてやりたいとは思うんやけど……何処まで踏み込んでええやろか……と悩んで」

「そう……」



 そこまでいわれたら、私も気になる。

 それに、私もあの子に聞きたいことがあった。
あんな古い本、どうやって読めたんだろう。ってか、わざわざ何で学校で借りたんだろうって。

 ポンポン思いつく質問が頭の中で浮かんではそのまま留まる。

 読書で培った好奇心が、何故ここで動き出すんだろう。



 隣では捨てられて雨で濡れた子犬のような目をしてこっちを見つめている男が、一人。



 ハア、とため息を吐く。こうなってしまっては逃れそうにない。



「……私があの子と話すわ。その間、貴方は注文を聞きに来た店員を装ってそれとなく聞いておきなさい」
「え、ええんじゃろか先生!」


 私の言葉に、酷く喜ぶ瀬戸君。

 瀬戸君よりじゃないとはいえ、私もかなりおせっかいな人間なのねえ、とこの時改めて思った。


               ◆


「あら、昨日本を返してきた子じゃない?」

「……学校の司書の先生?」


 極しぜーんな再開を振舞って、ナチュラルに相席させてもらう。



「あら、覚えてくれていたの?」
「あ、はい……先生こそ、良く覚えていましたね……」
「昨日返却した生徒は、貴女だけだったからね。えっと……」
「上田玲です」
「そうそう、玲ちゃんだったわね」



 良し、いい調子いい調子。

 そこでスルリ、と瀬戸君が注文を聞きに来た。



「あ、私はコーヒーとショートケーキ」

「あ、あたしは紅茶と、レモンのシャーベットを……」

「畏まりました。少々お待ちください」



 そして去っていく瀬戸君。うん、いい調子よ!
 そして標準語ちゃんと使えるんだね今更だけど!



「ちょっとね、貴女とお話したいと思って来たんだけど、いいかしら?」

「な、何でしょう?」



 少し縮こまった彼女は、それでもちゃんと聞いてきた。


「あのね、貴女が返した本……デミアンだったわね」


 私が好きなのは、宮沢賢治の話だけではない。そのデミアンを書いた作者、ヘルマン・ヘッセの作品も大好きだった。ってか、本だったら何でも読むわ。

 あのボロボロの本は、パソコンで調べると大して古い本じゃなかった。何故あそこまでボロボロになったのかは判らないのだけど、とりあえず平成の時に発行されたもの。

 ……デミアンは他にもあったのに、何故わざわざあんな古い本を借りたのか、それが気になったが、とりあえず今は会話が続くようにデミアンの話をしようと思った。