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Re: 臆病な人たちの幸福論【2100突破感謝祭更新!!】 ( No.197 )
日時: 2013/01/15 11:53
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)

 春休みが過ぎて、入学式という日。凄く身体がだるく、頭痛も酷かった。

 それでもママに心配されたくなかったから、何とかして学校へいった。

 当初は休み明けで身体がついていってないのかな、と思った。けれどそのだるさと頭痛は、日に日に悪化することとなった。



 中学校に入学して一ヵ月後、学校にいこうとした途端、お腹が痛くなった。

 五時間ぐらい痛みが続いて、トイレから出られなくなった。学校に連絡することも出来ず、ママが一旦帰ってくるまで、痛みは続いた。


 その日からあたしは、トイレに閉じこもるようになった。

 酷い時には九時間、なんてこともあり、登校や勉強は疎か、好きだったゲームやテレビ番組も見る気を失せていった。

 ついにあたしは、ママに病院へ連行された。医師からは漢方薬を渡され、それを朝食と晩飯の食前に飲むようにといわれた。

 渡された漢方薬は、すっごく、不味かった。苦くて、変に甘ったるい。鼻をつまんでも独特の匂いがしてくる。それを三週間飲み続けた。それでもお腹の痛みは続くばかりだった。


 飲み続けた三週間の間、学校で行われた聴力検査の結果が届いた。その紙には、「耳鼻科の病院へいってください」と書かれてあった。

 三週間後、また医師から漢方薬を渡された。今度は前とは違い、変な甘ったるさはあまりしなかった。ただその分、すっごく苦かった。

 その後、耳鼻科へいった。検査室で、学校で行われた検査と、全く同じ検査をした。全然聴こえなかったことに、あたし自身が驚いた。けれど一番驚いたのは、先生の質問の中に、「最近耳鳴りはしませんか? ピーとする音」という旨を聴かれたこと。トイレの中に居るときも、寝る寸前も良く、その音を聴いていたからだ。

 その後あたしは、ストレス性の病気だと診断された。

「この錠剤を飲むように」と薬師に渡された時、「うっわ漢方薬みたいに不味くなきゃいいけど」と思った。




 その時、やっと今の自分が、正常じゃないことに気付いた。




                    ◆



「っは、っは」



 あたしは、走る。

 猛暑日の中、フライパンのように焼けたアスファルトの上を、裸足で。靴は、何処かに脱げてしまった。拾うことも出来ただろうけど、今のあたしには、そんな行動を取る事は躊躇われた。



 ……どうしてあたしは、こんな暑いのに走っているのだろう。

 焼けたアスファルトの上を裸足で走るのは、とても痛い。

 汗が吹き出る。ぐっしょりと濡れたTシャツが気持ち悪い。気温が高いのと走ることで上がった体温のせいで、息が苦しい。



 それでも、走らなければ、と思った。

 逃げなければ、と思った。




 ……何に? 何から逃げるの?

 判らない。



 心の中で、自問自答する。


 判らない。けれど。
 今は、逃げなければならない。


 とにかく、逃げなければ。逃げなければ。




 ああ、どうしてこんなことになったんだろう、なんて。
 自業自得だよね、ホント。
 昔はわけわかんなくて、そのことに無性に腹が立ったけれど、今ならどれだけ酷いことをしていたのかが判る。


 ……約束を破るなんて、人として最低だよね。そんなこと、当たり前に思うなんて。
 ちゃんと謝らないなんて、本当に最低だよね。なのに、ヘラヘラと笑いながらいうなんて。







 ——だからあの子に、愛想尽かされちゃったのかなあ。





「……あー、もう」



 散々な日常だよ。
 その中で一番、今日は散々な一日だ。

 今日、ママと喧嘩した。
 珍しく休日だったから、せっかく一緒に過ごそうって思ったのに、どうして喧嘩しちゃったんだろう。

 多分、喧嘩のきっかけは些細なことだった。でも、どんどんヒートアップして。

 とうとうママはあたしに向かって、こう怒鳴った。




「アンタのせいで、あたしがどんな目に見られているか判らないの!? 不登校児っていって、皆あたしの躾が足りないせいだって決め付けてくるのよ!?」




 静かな、二人が住むには広い一軒家に、ママの声が響いた。

 声が消えても、あたしの頭の中にはママの声がリピートされてゆく。




 ……頭が真白になって、気がついたら家を飛び出していた。

 ブラブラと歩いて見つけたお洒落な喫茶店に入った。

 泣いていたかな、泣いていたかもしれない。そのせいか、暫くあたしは、注文をしなかった。


 注文したのは、何処からもなく出てきた、高校の司書の先生が相席してきたからだ。





 ……でも、注文が届いた途端、あたしは逃げ出した。
 理由は判らない。ただ先生と話していただけなのに。





 ——とっても、怖かったんだ。





 息を整えるために一度止まって電柱によりかかる。息が少しましになったので、あたしはまた走った。




 走る、走る、走る。

 当てもなく、ただひたすら。袋小路に迷い込んで、壁にぶつかっても、あたしは走る。




 ——あたしには、壁がある。

 その原因は、自分にあることぐらい、判っている。







           でも、その壁は、そうそう壊せるものじゃないんだ。



(蝉たちは、鳴き続ける。煩く、五月蝿く、止め処なく)

(あたしも、蝉が鳴くのと同じくらいに、走るのだろうか)




(そしてそのまま、蝉のように死ぬことが出来るのだろうか)