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- Re: 臆病な人たちの幸福論【参照2500突破記念感謝祭更新!!】 ( No.225 )
- 日時: 2013/01/25 12:17
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
夕日によって染められた、茜色の空を飛ぶ鴉は、一際黒く見えた。
思えば、夕焼けを見るのも久しぶりのような気がする。だからといって別に、感動は覚えないが。
何も話さずに、ひたすらトコトコと帰路を辿る時、樹海の傍を通る。——その樹海から、見たからに胡散臭いおじさんが出てきた。
「ゲヘヘ……今日は女の子をお連れかい」
気持ち悪い、というか、純粋に怖いと思える声。
人にこんな恐怖を持つのは、初めての経験だった。
「……なんですか、山田さん。また死体をお探しですか」
その言葉に、あたしはヒッと小さな悲鳴を漏らした。
シタイ……今死体っていった、武田君!?
「ヒッヒッヒ……最近は中々美味そうな贄が手に入れれなくてね……儀式を行えないんだ」
「(贄!? 儀式!? ナニソレ!!)」
「そうですか。それは僕と僕のお母さんの働きの賜物ですね」
「腑分けを主な仕事にする、法医学のセンセー……だったよなあ、キミのお母さんは。なあ、一つか二つ、遺体を分けてくれねえかなあ。金は払うからさ」
「お断りします。貴方の汚いお金で、苦しいままで死んだ人たちの身体を渡せるか」
「おめーさんたちがそこまでいうなら、こっちも手があるぜ。……女のセンコー様と俺。どっちが強いかなんて、明確だよなぁ?」
「……こっちだって手はあります。警察に通報しましょうか? 状況証拠はそこらへんに転がってます。物理証拠も、探そうと思えばいくらでも見つかるでしょう。何より、僕の父がこのことを聞いたら……というか、貴方ごときに僕の母親を脅し殺せるとでも?」
ピリピリとした空気が、二人の間で流れる。その中であまりに物騒な言葉が飛び交っている。この変なおじさんも武田君も、一歩も引かない。しかもお互い挑発しあってる。っていうかホントに武田君あたしと同い年なの。
どうしよう。泣きたい。ホントに泣きたい。
そう心の中で願っていると、タバコの煙を吐きながら「……しけた。また来るぜ」といって、男のほうから立ち去ってくれた。
引き際は案外あっさりしていたので、最初呆然としたあたしは、数秒してから安堵し、力が抜けて崩れるように倒れた。
「……た、助かった」
「大丈夫ですか? ……すみません、こんなハズじゃなかったんですけど」
さっきとは打って変わって柔らかい顔で、彼は手をあたしに差し伸べてくれた。
ちょっとビックリする。この人は、こんな顔もするのかと。
おっかなびっくりで、その手をとった。
「……ありがとう」
差し伸べられた手は、何だか凄く、熱く感じた。
暫く歩くと、武田君が話を切り出してきた。
「いいですか、三浦さん。あの森に、一人で入っちゃいけません」
「どうして?」
「……あそこは、自殺した人の遺体が、多くあるからです」
あたしは息を呑んだ。
でもそれは、彼の言葉じゃない。
彼が、酷く辛そうな顔をしていたから。
「……遺体なんて、君が見る必要はありません。それに、さっきのように、精神がイカれた危ない人たちも居ます。君は女の子で、しかも自身の身を護る術を持ち合わせていない」
「いいですか、絶対に入っちゃいけませんよ」武田君の言葉に、あたしは言葉を返さなかった。ただ、しっかりと頷いた。
……こんな顔もする人なのか、と思った。
そしてこの人は、あたしと違って勇気のある、優しい人なのだと想った。
辛辣でも、いいたいことはいっても、この人は、人を気遣う優しさを持っている。さっきだって、怖くなかったハズがない。あんな奴の言葉に耳を傾けることも、あんな奴に対して言葉を放つことも、どちらも辛かっただろう。
でも彼は、毅然として立ち向かい、いい返していた。
思えば、熱中症で倒れたあたしを、助けてくれた。赤の他人なのに、大切な家に入れてくれた。
夕日が、彼を照らす。彼の髪は、優しい茜色に染まっていた。
——光、なのかもしれない。彼は。
その光に惹かれた、あたしはそうなのかもしれない。
夕日が沈み、まだ茜色が残っている群青色の空の頃、見覚えのある薬局が見えた。
ピンクのゾウの置物が置いてある薬局から家までの距離は、殆どといっていいほどない。
つまり、ここでお別れだ。
「……あ、ここからもう大丈夫だよ」
「そうですか」
武田君はいった。
「では、僕はこれで」
「ねえ!」
踵を返す武田君を、思わず止めた。
「……何でしょう」
振り返った顔は無表情だが、何処か面倒くさそうな顔をしている。
いうのに、少し躊躇った。でも、いわなければ、もう会えないような気がした。
「また、……会ってくれる?」
人のことを、羨ましい、と初めて想った。
そして初めて、人のことをもっと知りたい、と想った。
この人と、友達になりたいと心の底から想った。
こうしてあたしは、毎日彼と会うようになった。