コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【『玲の過去』更新!!】 ( No.239 )
- 日時: 2013/01/27 18:06
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
- 参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_l/view.html?103992
熱かったハーブティは、氷によって冷めただろう。あれだけ入れていた氷は、ほとんど解けていた。
溶けるまでの時間は、それほど経っていなかったハズだ。だが、俺たちにとっては、長く感じた。
「……玲ちゃんの家は、一度離婚してるったい」
瀬戸が、説明を始めた。
「それは、玲ちゃんが生まれる前のことだったらしか。玲ちゃんは母ちゃんの元に、うえっちは父ちゃんの元で暮らすようになったい。だから、うえっちも玲ちゃんも、最近まで父親の顔とか、妹が居るとか、兄が居るとか、全く知らんかったとよ」
——父親の顔を、知らなかった。
俺はその言葉を、声に出さずに唇だけで、何回か繰り返した。
……俺も、父親の顔を知らない。俺も、物心つく前に、両親は離婚したから。あんなに明るい上田も、その妹も、俺と同じような環境で育ったんだな。
彼女らに対する親近感と、幼い頃持っていた悲しさと寂しさを、思い出してしまった。
ひょっとしたら、俺の父親も。どこかで再婚して、新たな家族を作って——血縁上ではあるけれど——知らないところで、妹か弟が居るかもしれない……。
「……」
知らず知らずのうちに、こぶしを握り締めていた。
だが、今は話を聞くのが優先だ。思い出さないように、考えないように。瀬戸の言葉を、俺は一心に聞くようにした。
——その時、杉原も同じようにこぶしを握り締めていたことを、俺は知らない。
◆
あれは、剣道部の助っ人に呼ばれた去年のことったい。
無事試合に勝って喉が渇いたうえっちと俺は、お茶を買いに近くのスーパーに寄ったさ。
そしたら、入り口の近くの弁当コーナーに、少し抜けた茶色ばセミロングの長さにした、あまり飾りっけの無い女の子がおったんよ。
それが、玲ちゃんやった。
「……あれ、玲じゃんか」
「あ……おにいちゃん」
うえっちが声ば掛けると、玲、と呼ばれた女の子は、ぎくしゃくした声でいった。
「珍しいな、お前が外に出てるなんて」
そういって、うえっちは弁当の方に視線を移し、「お腹空いたのか?」と聞いた。
玲ちゃんはそこで、おどおどと話した。
「あ……ママが、パパの病院に行ってくるって。仕事もいくので、夜遅くになるかもしれないから、おにいちゃんの分とあたしの分のお弁当を買いなさいって……」
「ハア!? そんなの、俺が作るからいいのに!」
「おにいちゃん……ご飯作れるの?」
驚いて思わず声ば上げたうえっちの様子に、玲ちゃんが目を瞬かせたったい。
「作れるも何も、今まで俺が飯作ってたし……とにかく、弁当は買わなくていい。でも確か、冷蔵庫の中身空っぽだったよな。俺が買い物していくから、お前はここに居ろ」
「え!? でも……」
「瀬戸、玲を頼むな」
「え、ええけど……」
まさか話を振られるとは思わなかったけん、了承する言葉が、裏返ってしもうた。
「頼むぞ!」といって、うえっちは手際よく買い物籠を取り、颯爽と主婦の戦場に突っ込んでいった。
「……行ってしまいました」
「すごかー、うえっち」
がばいすごかスピードで去ったけん、残された俺たち二人は感嘆の声ば漏らした。
「……えっと、うえっちの……」
「あ、初めましてこんにちは! 妹の上田玲です! よろしくお願いします!」
「あ、瀬戸要ったい。お兄さんには、お世話になっとる。よろしくったい」
玲ちゃんの勢い余る自己紹介に乗せられて、俺も深々と頭ば下げた。
——弁当コーナーの前で。
「……こんな所で、真剣に自己紹介は似合いませんね」
「あー……うん」
数秒して、今さっきとは打って変わっての玲ちゃんの声に、何かが一気に冷めた。
「……今日は、剣道の試合があったんですよね」
試合、どうでしたか? と尋ねてくる玲ちゃんに、俺は勝てたばい、と答えた。
最初はちょっと暗い子じゃな、と思たけど、案外お喋りな子だったけん、少しホッとした。