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Re: 臆病な人たちの幸福論【『玲の過去』更新!!】 ( No.242 )
日時: 2013/01/27 17:59
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_l/view.html?103992


「……ありがとうございます」


 でも、と玲ちゃんは続けた。


「……でも、もう、貴方には会いません」


 ……予想外の言葉に、俺は思考が止まってしまった。



「……人と話すのは、今も好きです。……でも同じ傷や境遇を持つ人だからこそ、もう会いません。だって、このままいたら、また傷つけるかもしれない」


 ゆっくりと、けれど息ば切れることなく、玲ちゃんは話を続ける。


「判ってるんですよ。あたしが苦しいのは、ただ臆病なだけなんだって。……失敗を恐れない勇気さえあれば、こんなにも苦しむことはないです。でもあたしは、逃げるほうがらくだから」


 そういって、玲ちゃんは笑って断言した。


「もう、会いません。あたしは、貴方を忘れます。だから貴方も、あたしを忘れてください」




 その後、俺たちは一言も喋らんかったったい。
 今の時間、セール中で騒がしいハズなのに、俺の耳には、全然届かんかった。





「……ほら、おにいちゃん帰ってきました。これでお別れです」


 こっそりと、玲ちゃんが耳元で告げた。


「ごめん、遅くなった」


 ほいお茶、とうえっちが俺にお茶を渡してくれた。
 貰ったお茶の製品名は、『お〜●、お茶』だったばい。俺は綾●派やけど。


「いいよ、おにいちゃん。あたしが全部持って帰るから、おにいちゃんはお友達と遊んできて」
「え、いや俺が」
「いいから。こんぐらいなら持てるし。じゃあ」


 玲ちゃんは、うえっちから買い物袋をひったくった。
 そして止める間もなく、外へ出て行ったったい。



「……いっちゃったな」
「まったく、似とる兄妹じゃなあ」



 一人が慌てて去っていく姿も、一人がその姿にあきれる横顔も。
 本当に、よく似ていたばい。



「……聞いたのか、玲から」
「うん、一応。色々と」


 俺の色々がどんな意味を指すのか判っとるうえっちは、そっか、といった。
 それだけで、後は俺に何も聞かんかった。


「あいつはずっと、あんな風に笑っているんだ。おかしいぐらいに……」


 けれど、独り言は口に出しとった。






 笑っていた。ばってん、笑顔には暗く、辛いもんが裏に隠されとることを、俺は知っているったい。
 後から思ったんやけど、俺はこの時、玲ちゃんに対してとても無神経なことをいっとったかもしんない。
 あの人が、俺に不登校ば許さなかったのと同じで、俺の言葉は彼女には、悩むことば許さないようにしか、聞こえんかったかもしんない。

 そのことが気がかりやった。ずっと。



                   ◆


「だから、喫茶店に来た時、本当に驚いたんよ。……本当に、玲ちゃんは俺のことば忘れとったみたやけど。それでも、ひーたれた玲ちゃんば見たら、放っておけんかった」
「だから、ダメナコに頼んだのか」


 俺が聞くと、瀬戸はコクン、と頷いた。


「……でも、代わりにダメナコ先生がああなってしまった。俺も、失敗ばっかったい」
「瀬戸君……」


 フウが、遠慮がちに名前を呼んだ。
 瀬戸はニコリ、と人の良い笑みを返し、少し疲れた顔で俺に聞いた。


「なあ、みやっち。玲ちゃんは、どないしたんやろうか。
 あの時、ダメナコ先生に何か話そうとしてやめた時、あの怯え方は尋常じゃなかったったい」
「……さあな、そこまでは判らん」


 俺は探偵でもエスパーでもないので判らない。
 けれど。



「それはドアの所でボサッと立ってる奴が、知ってるんじゃないか?」

「……えっ?」




 俺がいうと、バッ、と、視線が集まる。
 閉められたハズのドアの前に、……あのボロボロな本を持った、武田だった。


 一瞬、三人の動きがフリーズする。



「え、え、え!?」
「い、何時から居たの!?」



 困惑するフウと瀬戸に、俺は「『玲ちゃんの家は〜』って話している時にはもう居たぞ」というと、「ほぼ最初っからじゃん!」杉原が突っ込んだ。



「まあ、フウと瀬戸はドアに背を向いていたから気付かないのも仕方ないけど、杉原、お前は気付くはずだろ」
「……全然、気付かなかった」



 マジか。



「……で、武田」
「あ、僕居たんですね」


 悲しいことをいわんでくれ。


「……武田、お前……上田玲って奴を、知っているだろう?」
「何のことですか?」



 武田が、すっとぼけたような声で聞いた。
 ……ふざけていった感じでは、ない。嘘をついている感じでも、ない。

 ただ、本当のことをいった感じでもなかった。



「……正しくは、三浦玲だけどな。知ってるだろう?」


 瀬戸が驚いて立ち上がった。


「な、何でみやっちが玲ちゃんの前の名字ば知ってるったい!?」


「ねえ何で!?」興奮して今にでも首を絞めようとする勢いで聞く瀬戸に、「どうどう、落ち着け」というと、「俺は馬じゃないったい!」……逆効果だった。


「あー、それは後で説明する。……で、知ってるのか、武田」


 その問いに、武田は何もいわなかった。
 ただ、しっかりと頷いた。
 瀬戸は、息を呑み、フウと杉原は、成り行きを一歩離れて見ていた。



            第三者の次は、当事者



(瀬戸が立った時の衝撃のせいか)
(冷たいハーブティーが、波立った)