コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【『2800突破記念感謝祭』更新!!】 ( No.252 )
- 日時: 2013/01/30 15:48
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
- 参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_l/view.html?103992
五歳の時、僕はお父さんと喧嘩をしました。
理由は、お父さんとお母さんの仕事が急に入ったせいで、遊ぶ約束を破られたからです。
また来週な、といわれても、僕は納得なんて出来ませんでした。口論が勃発し、終には家を飛び出しました。
悲しくて、みっともなく泣きながら、樹海の傍にある、大きな木の窪みに座り込んでいました。
その日は、晴れていながら、雨が降っていました。
「どうして、ないてるの?」
声を掛けられて、顔を上げると、ピンク色の傘を差した女の子が、目の前に居ました。
女の子は、少し抜けた茶色の髪を肩に掛かるかの長さに揃え、髪と同じ色の大きな目が、よく瞬きました。全く、知らない子でした。
「……貴方には関係ないでしょう」
こっち見ないでください、と僕はそっけなく返しました(今思えば、どれだけ可愛げのない子供だったでしょう)。
すると女の子は、「関係なくないもん!」と、頬を膨らませていいました。
拗ねて拒絶する僕の様子を気にも留めず、その子は明るい声で続けました。
「ねえ、ナマエなんていうの?」
「……」
「あ、そっか、『ひとのナマエきくなら、まずじぶんから』だね!」
何で他人の貴方に名前を教えなきゃならないんですか。
そういおうとした時、女の子が屈託無い笑みを零しながら、明るい声でいいました。
「玲のナマエはねー、『ミウラレイ』っていうの! ミウラが名字で、レイがナマエ! ね、あなたのナマエは?」
意地でも、答えないつもりでした。
けれど、悪意無い瞳に責められては、逃れそうに無くて。
「……静雄。武田静雄」
そう答えると、「しずおくんかー!」と、妙に嬉しそうな声でいいました。
「ねえ、しずおくんはどうしてないていたの?」
「……泣いてなんかいませんよ」
矢継ぎ早に質問してくるその子に、僕はうんざりとしていい加減な嘘をつきました。
すると、その子は「うそつきー」といいました(はい、嘘です)。
後から思ったのですが、いい加減な嘘をつけば、見破られるのは当たり前です。そして、あの年だったら、「何で嘘をついたの? ねえなんで?」という具合に、さっきとは比べ物のならない質問が飛んできたでしょう(何て浅はかなことをしたんでしょうね、僕は)。
けれど彼女は意外なことに、少し口をつぐみました。
あの時僕は、飽きたのかな、と思いました。けれど、そう思ってすぐに、彼女は話し出しました。
「玲はね……。ほんとうはきょう、ママといっしょにピクニックにいくよていだったの」
「え……」
「でもママ、おしごとがはいっちゃって、ピクニックちゅうしになっちゃった。パパは玲にはいないから、いえにいるとひまなの。だからひとりで、おさんぽしにきたの」
そういって、その子はまた笑いました。
屈託なく、という笑みではなく、フワリと、優しい面差しで。
その笑みに、僕は引き込まれた。
「……悲しくは、ないのですか」
「え?」
僕が話しかけたことに驚いたのでしょう、その子は一瞬不思議そうな顔をしました。
けれど、僕は気に留めず、さっきとは打って変わって沢山の言葉を放ちました。
「約束を破られて、悲しくはないのですか。楽しみにしていたのに、なのに反論を許されず、悔しくはないのですか。何時もおとうさんやおかあさんが居なくて……寂しくは、ないのですか」
そういうと、その子は少し、目を見開きました。
そしてすこし、寂しそうに笑いました。
「……れいね、さびしいよ。とっても、さびしい。
ほんとはね、ママにずっとそばにいてほしい。
まいにちでも、ママとピクニックしたい。
いっしょにごはんをたべたいし、ねむまえにえほんをよんでほしい。
玲にはね、いっぱい、いーっぱい、してもらいたいことはあるよ」
一つ一つが、胸の中をじんわりと熱くさせました。
同じようなことを思っている。僕とこの子は、同じなんだ。
こんな風に思ってるのは、僕だけじゃないんだ。そう思うと気が楽になって、何だか嬉しくなりました。
けれどその子は、でもね、と続けました。
「……ママが、つらそうなかおをみるのは、いやなの」
息を、呑んだ。
「ママがかなしそうなかお、つらそうなかおをみるのはいや。
玲がうれしくても、ママがつらかったらいや。
だからね、がまんするの。ママがつらくなるなら、ピクニックなんて、いかない。わがままもいわない。そう思ってるの」
それにね、とその子はまだ続けました。
「玲は、ママのがんばるすがた、だいすき! おしごとがんばって、玲をいっしょうけんめい育てて、そんなすがたがだいすきなの。だから、さびしくてもへいき。おかあさんのいっしょうけんめいがんばるすがたがみれれば、うれしいの」
そういって、またフワリ、と笑いました。
(あの頃の僕は、まだ幼くて、あの笑顔を形容する言葉が見つからなかった。だから、『優しい』笑顔と表現した。だけど今思えば、あの笑顔は、『慈愛』の笑みだったのだろう)
僕は、彼女に惹かれました。
でも、何か話さなくちゃ、と思う度、何を話せばいいのか判らなくて、気付けば長いこと話さないままでいました。
「……あ、あめがやんだね」
あの子は、そういって傘をたたみました。
「もうかえらなくちゃっ。じゃあ」
「あっ……」
僕が思わず声を上げ、その子は足を止めました。
「どうしたの?」
——どうしたの、か。
何か、いいたかったことがあったハズなのに、言葉は全然思いつかなくて。
「……気をつけてくださいね」
全く、別の言葉が口から漏れていた。
その子はちょっと口を開けて、でもすぐに笑っていった。
「うん、また今度会おうね!」
そういって、手を振りながら、自分の家へ向かって帰っていきました。
僕も手を振って、その子が見えなくなるまで見送ってました。
あの子が走る道の上には、七色の虹が架かっていました。
——また、会おうね。
その言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返されます。
また、会えるでしょうか。
会って僕は、何かあの子に、話すことが出来るのでしょうか。
あの日はとても、とても悔しくて辛かったハズなのに、凄く嬉しくて、胸が高鳴ってました。
お父さんと喧嘩したことも忘れて、家に帰ると、心配して今にも探しに行こうとしていた二人の顔色を見て、ようやく喧嘩していたことを思い出しました。
それが最初の、三浦さんとの出会いだったのです。