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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『2800突破記念感謝祭』更新!!】 ( No.253 )
- 日時: 2013/01/30 16:41
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
- 参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_l/view.html?103992
僕はその日から何日か、あの木の下であの子が来るのを待ってました。
けれど、待っても待っても、あの子は来ませんでした。諦めた僕は、何時しかあの子のことを忘れていきました。
そうして、九年後。僕は、中学二年生になりました。お父さんが警察官なので、お父さんのような人になりたいと思い、剣道部に入りました。
夏休みが始まり、部活だけの日々になって、そう経たない頃。僕は部活の帰り道、フラリとあの木の下に寄りました。
すると、唸り声が聞こえたのです。
僕は不思議に思って、「そこに居るのは誰ですか?」と声をかけながら、木の下に寄りかかっている人の下に向かいました。
そこに居たのは、あの子でした。
髪はあの時より少し長くなっているけれど、顔立ちも少し大人びているけれど、何か苦しそうな顔をしているけれど。間違えなく、あの子だと思いました。そして、昔のことも、全部、鮮明に思い出しました。
僕が動揺していると、あの子は。
「だあれ、君……?」
——その言葉に、僕は二度目の動揺に襲われました。
この子は、僕のことを覚えていないのか。
あの時のことも。あの言葉のことも。あの笑顔のことも。
あの時、あんな風に傍に居てくれたから、僕は助けられたのに、助けてくれたこの子は、僕のことを覚えていないのか……。
僕だって今まで忘れていたんだから、仕方がないことだな、と判っていたけれど、無性に寂しかった。
その寂しさを紛らす為に、僕は怒ったふりをしながら、「聞いているのは、僕の方なんですが」と答えました。
その時、寄りかかっていた彼女が、横に崩れるように倒れました。
「……これで、もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、お母さん。助かりました」
僕がいうと、「なにいってるんですか」とお母さんが少し笑いながらいいました。
あの後、彼女はいきなり倒れてしまいました。額に手を当てるとかなり熱く、熱中症で倒れたのだと判ったとき、パニックになった僕は彼女を背負って家まで連れて帰りました。……お母さんが居なければ、僕はどうしていたのでしょう。いろんな意味でコワイ。
「お茶、沸かしてきますね」そういってお母さんは、部屋を出て行きました。
部屋に居るのは、僕と、横たわっている彼女だけ。
……急に倒れて、本当に冷や冷やしました。
何だって彼女は、こんな暑い中、麦藁帽子も水筒も持たずに歩いていたのでしょう。これじゃ、熱中症になっておかしくないです。
内心呆れつつ、僕は少し複雑でした。
僕は、彼女を覚えています。けれど、彼女は僕を覚えていません。
つまり、僕にとっては『他人じゃない』けれど、彼女にとっての僕は、『他人』なのです。
無表情な上に、人と話すのが苦手な僕は、どうやってこの状況を彼女に伝えればいいのでしょうか。いや、それよりも、僕は一体どうしたいんでしょうか。
頭が混乱して、少し悩んでいると。
タイミングが良いんだか悪いんだか、彼女が目を覚ましました。
「……あ、起きましたか」
何時の間に目を覚ましたのでしょう。僕はビックリして、思わず彼女の顔を覗き込みました。
——同じように、彼女も驚いていましたけど。
……まあ、何とか、彼女に今の状況を説明しました。
勿論、昔会った云々の話はしていません(だって、覚えていないことをいっても意味がないでしょう?)。
説明の最後らへん、僕が強い口調で叱ると、彼女はしゅん、とした顔になりました。
……その様子に、ちょっとイラついた。
「……ごめんなさい」
「僕に謝っても仕方がないでしょう」
彼女の謝罪を、バッサリと切り捨ててやりました。
その様子に、彼女は更に縮みこみました。
……そんな顔が見たくて、僕はあの木の下で待っていたわけじゃないのに。
ヤレヤレ、と内心ヤケクソになりつつ、僕は素直にこういいました。
「『ありがとうございます』、でしょう? 謝罪より、僕はお礼のほうを貰いたいです」
そういうと、彼女はポカン、とした顔をしました。
……呆然とした顔は、あまり昔と変わりありませんでした。
けれど、すぐ気を取り直して、「あ、ありがとうございます」といいました。
思ったのと少し違いましたが、イライラしていた気分は、ちょっと消えて。
「どう致しまして」
そう、心からいえました。
すると彼女は、俯いていた顔をバッ! と上げ、僕の顔をマジマジと見てきました。
「……」
「……どうしましたか?」
そう聞くと、彼女は我にかえったようで、何でもない、といって笑いました。
「(……あれ?)」
彼女の笑う顔が、見たかった僕。
けれど、その笑顔に、僕は違和感を覚えた。
——何だったのでしょう、今の違和感は。
違和感の正体を、考えていると。
「……ねえ、名前聞いてもいいかな」
唐突に、彼女がそう聞いてきました。
僕は思わず、目を瞬かせました。
そして少し遅れて、嬉しい気持ちに満たされました。
……やっぱり、彼女は、あの子なんだと。
例え姿が大人びていても、笑顔に違和感があっても、彼女はこんな風に、唐突に名前を聞いてくる。
僕の知っているあの子だと、今一度確認して、安堵しました。
だから、いってやった。
「人の名前聞くならまず自分からと教わりませんでしたか?」