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Re: 臆病な人たちの幸福論【『武田と玲』更新中!!】 ( No.254 )
日時: 2013/01/30 17:17
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_l/view.html?103992





「……全く、十四で帰り道も判らないなんて。バカなんですか?」
「……スイマセン」


 あれから麦茶を持ったお母さんに「お友達認定」をされてしまったので、お母さんの前では、そういうことにして置くことにしました。
それから暫く、彼女とお母さんは話していていました。
 珍しくお母さんが、表情だけで見ても嬉しそうにしていたので、少しびっくりしました。
 それで、もう帰らなくてはならない時間になってしまったので、彼女は帰る支度をした。「では」と頭を下げて、戸に手を触れた時、慌てて振り返って「実はあたし迷子でした!」といいやがりました。
 それで僕が、彼女を送ることになったのです。

 住所を聞けば、意外と遠い所でした。あの時、良くあそこまで来れたな、と少し感心し、そして恐怖が湧き上がりました。


「(あの森のことを、話しておかなくては)」


 あの木の近くには、樹海があります。そこは一応は観光地となっているのですが、同時に、自殺者が首を吊ったりしているので、死体が多く転がっているのです(どんな観光地だ)。
 自殺志願者は追い詰められたあまり、思考が危ない奴らが多い。ので、女の子である彼女があの森の傍を通るのは、とても危険です。
 それに、あの森には、あの人が良くうろついています。


「(……樹海の傍を通った時に、いおう)」


 そう決心しました。




 出会った木のそばを通り、いよいよ樹海の傍を通ることになりました。
 ……が、忠告する前に、あの人が、現れてしまったのです。


「ゲヘヘ……今日は女の子をお連れかい」


 彼の声に、彼女が恐怖で震えるのが見えました。


「……なんですか、山田さん。また死体をお探しですか」


 僕は彼女の前に立ち、平然と(というかいつも無表情だけど)言い返しました。
 この何処からどう見てもまともじゃない男は、ある宗教団体の信仰者です。僕たちは山田さん、と呼んでいますが、本名ではないと思います。
 この人は悪質な人で、樹海にいっては自殺者の死体を捜し、その死体を使って、怪しげな儀式やらを行って、宗教団体を切り盛りしてきたそうです。噂では、人を自殺に追い込ませてまで行っていると聞きました。
 勿論、遺体を勝手に持ち去るのは遺法です。しかし警察でも手が出せないほどの大きな宗教団体らしく、山田さんはこうして何時も物騒なことをいいながら、うちに来ます。
 何故うちのところに来るかというと、山田さんが遺体を回収する前に、僕とお母さんとで遺体を回収しているからです(お母さんは、科捜研の法医学の先生です。ので、遺体を回収し、警察に送り届けています)。


「一つか二つ、遺体を分けてくれねえかなあ。金は払うからさ」


 またですか。
 内心呆れつつ、キッパリと返します。


「お断りします。貴方の汚いお金で、苦しいままで死んだ人たちの身体を渡せるか」


 そういうと、山田さんの眉が、ピクリと動いた。


「おめーさんたちがそこまでいうなら、こっちも手があるぜ。……女のセンコー様と俺。どっちが強いかなんて、明確だよなぁ?」


 そういって、凄んでくる山田さん。
 けれど、こんなの慣れています。


「……こっちだって手はあります。警察に通報しましょうか? 状況証拠はそこらへんに転がってます。物理証拠も、探そうと思えばいくらでも見つかるでしょう。何より、僕の父がこのことを聞いたら……というか、貴方ごときに僕の母親を脅し殺せるとでも?」


 僕はいいながら、こう思いました。
 うん、うちの両親を脅すことなんか出来ないな、と。

 僕のお父さんは警察庁公安部に所属する刑事ですし、僕のお母さんは……その昔、二つのヤクザが縄張り争いをして戦争が起きそうになったらしいですが、お母さん一人で双方の組をボッコボコにし、(素手と足蹴りのみですよ。武器なんて使ってません)戦闘不能にさせて警察に送り届けたという、何十年も経った今でも知らない人は居ない伝説を残した張本人です。今は自重してますが、こんな男にやられる程衰えては居ないでしょう。
 山田さんもその事を思い出したのでしょう、タバコをふかして去っていきました。


 ほっと安堵のため息を吐き、少し遅れて、ドサ、と崩れる音がしました。



「……た、助かった」


 彼女はそういって、ヘナヘナ、と座り込みました。
 余程怖かったのでしょう、額には汗がにじんでいます。


「大丈夫ですか? ……すみません、こんなハズじゃなかったんですけど」


 手を差し伸べながら、僕は少し後悔をしました。

 そう、こんなハズじゃなかったんです。けれどやっぱり、もっと早く説明していれば良かった。
 さっきからそうです。もう少し、優しい口調で気の利いた言葉をかけてやればいいのに。性格上でしょうか、どうしてもキツイ言葉になっています。
 どうしてか、自分のしたいことと行動が、正反対になっている。
 そんな苦い想いを、彼女が知ることはないでしょう。だって、僕は思っていることが中々顔に出ない。今だって、鏡を見たらとても無愛想にしか見えないでしょう。


 でも、彼女は、おっかなびっくりでも、僕の手を取ってくれました。
「ありがとう」そういって、微笑んでくれました。

 触れた手は、何だかとても、熱かった。





「いいですか、三浦さん。あの森に、一人で入っちゃいけません」
「どうして?」
「……あそこは、自殺した人の遺体が、多くあるからです」



 遺体なんて、君が見る必要はありません。それに、さっきのように、精神がイカれた危ない人たちも居ます。君は女の子で、しかも自身の身を護る術を持ち合わせていない。
 ……全部、本当のことです。けれど、僕は、いっていないことがありました。

 僕が、その遺体を回収しているということ。
 勿論、僕が遺体を処理するわけじゃなく、あくまで、通報という形で回収しているだけです。自殺しても、死に切れなかった人も居るので、そういう人たちを病院に送るという名目もあります。目の前で自殺をしようとしたら、止めるということもしています。
 ……まあ、こんな危険なこと、子供がして良いわけじゃないんですけど、生憎と人手が足りなくて、近所に住んでいる人たちと当番制で、樹海を巡回しているのです。
 このことをやっていて、怖い、と思ったことはあまりありません。けれど、そんな僕の様子を見て、周りの人たちはまったく別のことを考えるでしょう。


「何て、危険で冷たい奴なんだ」と。

 ……そういえば小さい頃、「死体ばっかみて気が狂い、そのうち殺人でも犯すんじゃないか」なんていう大人の影口を聞いた覚えがあります。
 遺体をずっと見ていたから殺人を犯す。僕はあんま関係ないと思うんですが、でも、そんな風に思われて悲しかったり辛かったりなんてことはありません。嬉しくもないですが。

 ……でも、彼女だけは。そんな風に、思われたくはなかった。
 そんな風に思われて、嫌われたくなかった。


「いいですか、絶対に入っちゃいけませんよ」その言葉で締めくくると、彼女は神妙な顔でうなずきました。