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Re: 臆病な人たちの幸福論【『武田と玲』更新!!】 ( No.258 )
日時: 2013/01/31 22:37
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_l/view.html?103992

間章

 あたしの家には、空いた部屋が二つもあった。
 ママが時々、そこで泣いていたところを、あたしは知っている。

 最初、何で二つも部屋が空いているのか、何故そこでママが泣いているのか、あたしは知らなかった。
 けれどそれは、一年前に明かされることになる。


「……ママね、再婚しようかなって、考えてるの」


 久しぶりにママと夕食を食べていた。その際、ママが神妙な顔で切り出したのだ。
 珍しく高いお肉で作った豚カツを、あたしはフォークごと皿に落とした。


「……さい、こ……」
「詳しくいったら、復縁よ」


 動揺したあたしの言葉をママは遮った。
 どうして、そんな。いきなり。
 あたしが聞く前に、


「……貴女のお父さんがね、肺がんなんだって」
「え……」
「もう、余命半年もないらしいわ」


 淡々とした言葉で、ママはいう。


「せめて最後は、看取ってやりたいの。……貴女の気持ちも、判らなくないわ。本当の父親といっても、顔すら覚えていない奴と暮らすなんて。でも、たった数ヶ月でいいの。……我慢、して欲しい」


 我慢。
 その言葉に、あたしは苛立ちを覚えた。

 ——あたしは何処まで、我慢すればいいの?
 あたしだけ我慢して、ママは我慢なんてしたことないじゃない。


 そう思った自分に、ハッとする。
 やだ、あたし……酷い事を思った。

 最近、ママに毒づくようになった。
 何だか、昔は全然大丈夫だったことが、最近はほんの些細なことで、暴れたい衝動にかられる。
 何で、こんなにイラつくんだろう。

 でも、やっぱり。


「うん、別に良いよ」


 基本的に、どーでも良かった。





 ……武田君に謝りきれず、仲違いをしたまま、一年経った。
 あの時からあたしの身体は、何となく重い。
 何も、したくなくなった。
 どんな出来事も、興味がなくなった。
 毎日が、全然楽しくなくなった。
 あるのは、重い罪悪感とだるさだけ。

 あたしと同じくらいの子を見ていると、凄くイライラする。
 あたしと違って皆、勉強とか、スポーツとか、やりたいこと見つけて頑張っているんだろうな。
 それに、比べて、あたしは……。

 ガラリ、とクローゼットを開け、制服を取り出す。
 使わず、洗っても居ない埃のついた制服を見るたびに、あたしはまた、クローゼットに押し込むんだ。
 ……制服を着よう、なんて気も失せてしまう。それほどまでに、学校にすら行きたくなくなったんだ。


「……判ってるよ、原因は」


 そう呟いて、布団に潜り込んだ。

 判ってる。
 あたしがこうなったのは、あたしのせいだ。自業自得だ。
 あたしが、沢山の人たちの約束を破ったり、ちゃんと謝らなかったからだ。その一人が、武田君なだけだった。
 ……でも、自覚できたじゃない。ちゃんと謝ろうって、決心したじゃない。
 なのに何で、武田君は消えてしまったの?


 涙が、零れてきた。
 シーツを、握り締める。

 ……不登校になってしまったのも、引きこもりを選んだのも、あたしだ。
 全部、全部あたしだ。

 でも、苦しんだよ。
 辛いんだよ。
 逃げたいんだよ。


「……助けてよ」


 誰でもいいから。


「助けてよ……ッ!」


 ここから抜け出したい。
 早く、この苦しみから抜け出したい。

 学校は、怖いよ。辛いし、悲しいよ。
 武田君に、会うのも怖いよ。何をいわれるか、創造するだけでも立ちすくむよ。

 でも、学校に行きたいよ。
 普通に勉強して、普通に運動して、普通に努力したい。
 一日をボーっと過ごしてだるさだけしか残らない日々なんて、もう嫌。
 武田君に、一度でもいいから会いたい。ちゃんと、謝りたい。そして出来れば、……出来れば、仲直りしたい。

 けれど、その望みは叶うことなく。
 あたしはそのまま、眠りについた。