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Re: 臆病な人たちの幸福論【『武田と玲』更新!!】 ( No.259 )
日時: 2013/01/31 23:28
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_l/view.html?103992

                       ◆


「玲。この子が、あんたのお兄さんと、お父さんだよ」


 ママに紹介された兄と父は、やっぱりあたしの記憶の中には、存在しない人だった。
 お兄ちゃんは、あたしより二つ学年が上だった。あたしと違って、ママに良く似ていた。
 パパは……随分と、やつれた顔だった。
 その日は市役所に行って、パパはうちには帰らず、病院へいった。お兄ちゃんだけ、あたしの家に来た。

 空いていた部屋は、お兄ちゃんと、パパの部屋だったのだ。
 ママはずっと待って、待って、戻ってくると期待して、裏切られて泣いて、……でも、ようやく叶ったのだ。
 何でかな、何時もはママが嬉しそうな顔を見ると、嬉しくなるのに。
 今回ばっかりは、そんな気持ちにはならなかった。

 こうしてあたしは、「三浦玲」という名を、「上田玲」に変えた。


 でもあたしは、お兄ちゃんはともかく、パパには馴染めなかった。
 それどころか、少し憎んでいた。だって、ママを泣かした人だから。寂しがられた人だったから。
 お兄ちゃんやママは、しょっちゅう顔を出していたけれど、あたしは行こうとは思えなかった。



 ……んだけど、ついにある日、あたしはママに命令させられ、パパの病室に顔を出すことになった。
 まあ、花届けて終わりだけど。


「……パパ」


 目を閉じたまま、パパは笑った。
 あたしは持っていた花を花瓶にさした。そしてそのまま、帰ろうと思った。


「玲」


 その時、パパに止められた。


「……玲、すまなかったな」
「何が?」


 素っ気無く、あたしは返す。


「……ずっと、あの家に二人ぼっちにさせて」
「別に。謝れても困るだけだし」


 そう。困るだけ。
 血が繋がっているだろうと、あたしにとっては、この人は赤の他人だ。
 育てられていないし、それに、あたしが生まれる前に出て行った人だ。
 関係、ない人だ。

 けれどパパは、そんなのお構いなしに続けた。


「……あいつは、一人でお前を育てたんだな」
「……」
「お前を、ここまで立派に育てたんだな」
「……あたし、立派に育ってない」


 あたしが、叫ぶように遮った。
 ここが個室で、良かったと思う。


「あたし、普通の人と同じこと出来ないよ。勉強も出来ないし、運動も出来ない。それどころか、学校に行くことすら出来ない。……人と接し方が判んない。何のとりえもない、それどころか、いっぱい人を傷つけてちゃんと謝りもしない、……最低の人間だよ」


 吐き出すように、あたしはいった。
 関わらないって決めていたのに、胸のうちを少しだけ、喋ってしまった。

 でも、話して何になろう。
 話した相手は、幾らでもいた。皆、『頑張れば何とかなる』としか、いわなかった。
 そんなこといわれても、苦しいだけだ。



「でも、お前は生きてくれた」


 けれどパパは、予想外のことをいった。


「目標なんて、なくていい。頑張れば出来るなんて、いわない。人を傷つけずに生きろなんて、偉そうなことをいえる立場じゃない。その前にお前は、ここまで生きてくれた。それだけでいい。生きて死ぬ、それだけでも大したことだ。不甲斐ない親だが、息子を傍で見てきたからこそ、それが良く判る」


 そして、一言置いて、パパはいった。


「今、ここでいわせてくれ、玲。……生まれてきてくれて、ありがとな」



 生まれてきてくれて、ありがとう。
 そんな言葉に、騙されるか。……そんな言葉が、出てきて欲しかった。
 出てこなかった、毒づく言葉なんか。
 代わりに、涙が零れそうだった。

 この言葉は、パパが精一杯込めた言葉だって、判ってしまったから。


「……あたし、もう帰るね」


 一生懸命無愛想を装って、あたしは踵を返した。
 ……ここに居たら、みっともなく泣きそうだ。


「……玲」
「何!」


 また引き止められた。
 思わず、声を荒げれる。


「……卵は世界だ、生まれようと欲するものは一つの世界を破壊しなければならない。 鳥は、神に向かって飛ぶ」
「……は?」


 パパが何をいっているのかが判らず、あたしはすっとんきょんな声を出した。


「……意味が、判らなくていい。ただ、この言葉を、よく覚えてくれ」


 そういって、パパは静かに微笑んだ。
 それを見届けて、あたしは病室を後にした。



 そしてそれが、パパとあたしの、最初の会話で、最後の、言葉だった。

                     ◆


 目を開けると、あたしは倒れていた。
 周りには、モヤが纏わりついている。

 ——一緒に、死のう……。


 どうやらあたしは、鬼ごっこに負けたようだ。

 ……ああ、あたし、これで終わりか。
 だから走馬灯みたいに、パパの最後を思い出したのかな。すっかり、忘れていたのに。



「……パパ」



                あたしは最後、父を呼んだ


(これで、あたしどうなるのかな?)
(今さっきまで必死に死にたくないって思ったのに、)

(もう、どうでも良くなっちゃったよ)