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Re: 臆病な人たちの幸福論【ついに……3000です!!(感涙】 ( No.265 )
日時: 2013/02/05 16:31
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode

 現在時刻、もうそろそろ二時。
 上から直射日光、下からは熱せられたアスファルトに挟まれて、その中を走る。
 とても(特に運動があまり得意ではない俺は)、最悪な状態だ。


           「何でこんなあつー日に走らんといけんと!?」「全くだ!」



 やけになった瀬戸の言葉に、俺は同意した。

 ただ今、俺と同級生の瀬戸、後輩の武田は、なんやかんやで不登校少女が失踪し、何やかんやでその失踪先を予想し、現在不登校少女がいるかもしれないと思われる、青木ヶ原も真っ青な自殺の名所の樹海へ向かっているのであった。あーもー、暑すぎて頭回んないから説明口調がいい加減すぎてムカついてきたぞ!! しかもこの説明全くわかんねえ!!


「……三也沢先輩」


 焼けたアスファルトの坂の上を走る時、武田が声をかけてきた。


「何だ?」


 あまりの暑さに、うんざりとした口調で返す。


「僕の話を聞いて、どう思いましたか?」
「どうって……」


 ……何が?
 俺は、武田の聞いている意味が、よく判らない。


「……今思えば、僕は子供だったんだな、と思います」


 俺の返答を聞く前に、武田は一気に喋りだした。


「彼女だって、興味本位で破ったわけじゃないと思います。何か、理由があったんでしょう。……それに、あんなに、怯えていた。顔は笑っていたけれど、身体は震えていました。……今思えば、あの笑顔も。何時も無表情か、笑顔という違いだけで、本質的には、彼女と僕は同じなのかもしれません。僕だって、無意識のうちに、態度や言葉で、彼女を傷つけていたかもしれません。今なら、そこまで察することが出来るのに……あの時の僕は、何も、しなかった。あの日、あの夏……さよならをいえば。きっと彼女は、傷つかなかったハズなのに」


 途切れ途切れに、武田は話す。途中で、噛んだりもした。いいたいことが纏まっていなかったのだろう、何度も止めて、何度も巻き戻った。でも、全部言葉にした。



「引っ越して、何で僕はちゃんとお別れをいわなかったのだろうって、どうして、あんな風に怒ってしまったんだろうって、何度も後悔しました。……最近やっとここに戻れることが出来て、ちゃんと謝ろうって、仲直りしようって、死ぬほど探しました。……一緒の高校だってことも、三浦から上田っていう名字に変わったことも、風の噂で知りました。……でも、不登校だってことも、知ってしまいました」


 不登校。
 その単語を聞いて、武田はどう想ったんだろう。ずっと、上田の妹のことにしたことを、負い目に感じていた武田なら、不登校の理由に結びつけたのは、きっと……。


「(……昔の俺も、こんな感じだったなあ)」


 昔の苦い記憶を、思い出した。
 武田と俺は、別の人間だ。けれど、同じところが、幾つかある。

 俺も武田も、人の距離を測れないのだ。
 良かれと思ったことが、人を傷つけてしまったり。自分も平気だから、相手だって大丈夫だと思い込んで、相手の気持ちを察してやれなかったり。自分がされて嫌なことを、激情に流されて、してしまったり。

 ただ俺と武田は、決定的に違うことがある。
 武田は、知らないのだ。そんなこと、誰にでもあるんだってことを。
 人の距離を正確に測れる奴なんて居ない。どんなに好かれる奴でも、欠点はあるし、傷つけてしまうことだってあるのだ。


「(……卵は、世界か)」


 上田の妹が借りてたっていう本の中に書かれる、台詞を思い出した。

 昔、ある人からその台詞を聞いた。あの時は良く判らなかったけれど、今なら少しだけ、判る気がした。
 まさしく、そうなんだろうな。卵の中じゃ、他の卵がどうなっているかなんて計り知れない。
 小さな世界だからこそ、小さなことでも、真剣に悩むんだ。それは絶対に無駄ではないし、寧ろそうあるべきなんだと思う。
 でも、それは、今のことに当てはまることではないだろう。だって、武田は苦しんでいるんだから。上田の妹だって、多分苦しんでいる。
 それはきっと、外に出たら何が起こるか判らない恐怖心から来たんだろうけれど。


「(……俺だって人のこといえないし)」


 臆病な俺が、子供な俺が、偉そうなことをいえる権利はない。ってか、資格もない。

 でも、何かいわなくちゃ。

 いわなくてはならない。俺も、武田と似たような苦しみを味わったのだから。味わった人間は、今まさしく味わっている人間に、手を貸すべきだろう。
 そう思っても、全然気の利いた言葉は思い浮かばなくて。そのうちに、どんどん武田は話を続けた。


「きっと僕のせいです。あの子を、あんなにも辛い目にさせてしまったのは……。だから、今更謝ったところで、何になろうって。いや、逆に、謝っただけ傷つけてしまうかもしれない」
「……」


 武田の気持ちが、この言葉によって痛いほど判った。
 武田は、確かに臆病なんだろう(やっぱ人のこといえないけど)。
 でも武田は、武田なりに上田の妹のことを、考えたんだ。今更謝るのは、自己満足でしかないと。謝られた相手の気持ちまで考慮するまでが、『謝る』という行為なのだ。そして、考慮しても尚、上手くいかないことだってある。人の想像力には、やはり限りがあるから。

 どんなに考えても、上手くいく謝罪方法など、ない。
 ——けれど、だからといって。